佐藤裕子 : ウィキペディア(Wikipedia)

佐藤 裕子(さとう ひろこ、1957年1月12日 - )は、日本の元女子バレーボール選手。

来歴

広島県福山市出身。高校1年よりバレーボールを始める。松永高校を経て、1975年に実業団リーグの東洋紡守口(当時)に入部。

日本リーグ昇格後の1981年、第14回日本リーグでのチーム準優勝に大きく貢献し、敢闘賞とベスト6賞を獲得した。またチーム主将を2シーズン務めている。東洋紡監督の石川春樹は「冷静沈着で包容力がある、誰もが親しみを感じる」と評している月刊バレーボール1982年1月号臨時増刊 '82チームの顔 88ページ(日本文化出版刊)。

1981年、全日本入りを果たし、ワールドカップに出場、銀メダル獲得に貢献した。

球歴

  • 所属チーム履歴
松永高校 → 東洋紡守口/東洋紡(1975-1982年 )
  • 全日本代表 - 1981年
  • 全日本代表としての主な国際大会出場歴
    • ワールドカップ - 1981年
  • 受賞歴
    • 1981年 - 第14回日本リーグ 敢闘賞、ベスト6
    • 1982年 - 第15回日本リーグ ベスト6

参考文献

  • 月刊バレーボール1980年1月号臨時増刊 '80チームの顔 70ページ(日本文化出版刊)
  • 月刊バレーボール1981年1月号臨時増刊 '81チームの顔 102ページ(日本文化出版刊)

外部リンク

出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 | 最終更新:2024/04/29 06:38 UTC (変更履歴
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