小川利弘 : ウィキペディア(Wikipedia)
はCGデザイナー。東京現像所所属。東京都出身。
来歴
1959年に東京現像所に入社。焼付、現像マンを経てオプチカルによるフィルムの特殊合成を担当。2009年時点では、同所のテクニカルアドバイザー兼ディレクター。
1989年『ゴジラvsビオランテ』からゴジラシリーズに参加。同シリーズは、川北紘一が特技監督を務めた同作品から合成量が増加し、合成の内容自体も複雑化していったことから一社ではまかなえないと判断し、複数社で合成作業を分担し小川がそれを管理するという体制を確立した。予算は厳しいものの、東宝は支払いが早いため、各社も快く引き受けてくれたという。
『ヤマトタケル』(1994年)よりデジタル技術を部分的に導入し、『ゴジラvsスペースゴジラ』(1995年)で本格的にデジタル技術を駆使した映像の制作を始めた。
代表作
映画
公開年月日 | 作品名 | 制作(配給) | 役職 |
---|---|---|---|
1989年12月16日 | ゴジラvsビオランテ | 東宝映画(東宝) | コーディネーター |
1991年12月14日 | ゴジラvsキングギドラ | オプチカルスーパーバイザー | |
1992年12月12日 | ゴジラvsモスラ | ||
1993年12月11日 | ゴジラvsメカゴジラ | ||
1994年7月9日 | ヤマトタケル | 特殊視覚効果プロデュース | |
1994年12月10日 | ゴジラvsスペースゴジラ | ||
1995年12月9日 | ゴジラvsデストロイア | ||
1996年10月26日 | 八つ墓村 | ||
1996年12月14日 | モスラ | ||
1997年12月13日 | モスラ2 海底の大決戦 | ||
1998年12月12日 | モスラ3 キングギドラ来襲 | ||
1999年12月11日 | ゴジラ2000 ミレニアム | ||
2000年6月10日 | クロスファイア | 東宝映画TBS(東宝) | |
2000年12月16日 | ゴジラ×メガギラス G消滅作戦 | 東宝映画(東宝) | |
2001年5月12日 | 降霊 | 関西テレビツインズジャパン(スローラーナー) | デジタル合成 |
2001年12月15日 | ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃 | 東宝映画(東宝) | 特殊視覚効果プロデュース |
2002年12月14日 | ゴジラ×メカゴジラ | ||
2003年3月15日 | 青の炎 | 角川書店アスミック・エースエンタテインメントジェイストーム東宝博報堂東芝アップフロントグループ(東宝) | デジタル合成 |
2003年4月5日 | 鏡の女たち | グルーヴコーポレーション現代映画社ルートピクチャーズグルーヴキネマ東京 | |
2003年12月13日 | ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS | 東宝映画(東宝) | 特殊視覚効果プロデュース |
2004年12月4日 | ゴジラ FINAL WARS | ||
2005年9月10日 | タッチ | 小学館日テレ東宝映画オー・エル・エム(東宝) | |
2006年8月26日 | ラフ ROUGH | 小学館日テレ東宝映画オー・エル・エムIMJエンタテインメント(東宝) | |
2008年12月13日 | 空へ-救いの翼 RESCUE WINGS- | 「空へ-救いの翼 RESCUE WINGS-」製作委員会(角川映画) | VFXプロデューサー |
著書
受賞歴
- 1994年 - 第17回日本アカデミー賞協会特別賞
注釈
出典
出典(リンク)
参考文献
- コンプリーションシリーズ(ホビージャパン)
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 | 最終更新:2024/09/14 22:47 UTC (変更履歴)
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