高田実 : ウィキペディア(Wikipedia)
高田 実(たかた みのる、1871年5月8日(明治4年3月19日)- 1916年(大正5年)9月24日)は、日本の新派俳優であるデジタル版 日本人名大辞典+Plus(講談社)『高田実』- コトバンク朝日日本歴史人物事典(朝日新聞出版)『高田実』- コトバンク。
経歴・人物
東京の千住の生まれ20世紀日本人名事典(日外アソシエーツ)『高田 実』- コトバンク。初めは鉄道の駅員を務めていたが百科事典マイペディア(平凡社)『高田実』- コトバンク、後に俳優に転向し芸能界入りし新派に属した。1892年(明治25年)1891年(明治24年)とする説もある。、川上音二郎が創設した一座に入門し、初めて舞台に立つ。1896年(明治29年)には活動の場を大阪に移り、同派の俳優であった喜多村緑郎らと共に「成美団」を結成した事で、一躍有名となった。「角座」や「朝日座」等関西における新派を生み出した日本大百科全書(小学館)『高田実』- コトバンク。
1904年(明治37年)に東京に戻った後は「本郷座」を創設し、同派の座長となる。高田の演技が特徴を持った事により、庶民からは「新派(新演劇)の團十郎」と呼ばれた。また同時期に活躍した喜多村、河合武雄、井上正夫らと共に新派における代表的な俳優の一人となったデジタル大辞泉(小学館)『高田実』- コトバンク。墓所は台東区金嶺寺と大阪市実相寺にある。
主な出演作品
- 『日清戦争』- 1894年(明治27年)8月公演、李鴻章役
- 『金色夜叉』- 荒尾譲介役
- 『不如帰』- 片岡中将役
- 『琵琶歌』- 三蔵役
- 『己が罪』- 作兵衛役
注:『日清戦争』以外の作品はすべて当たり役である。
注釈
出典
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 | 最終更新:2024/01/24 07:12 UTC (変更履歴)
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