伊勢長之助 : ウィキペディア(Wikipedia)
伊勢 長之助(いせ ちょうのすけ、1912年2月24日 - 1973年1月1日)は、日本のドキュメンタリー映画監督、脚本家、編集技師である。
経歴
1912年2月24日、東京市牛込区東五軒町(現・東京都新宿区東五軒町)に生まれる。石川県立金沢第一中学(現・石川県立金沢泉丘高等学校)、慶應義塾大学経済学部を卒業後、東宝文化映画部に入社。亀井文夫監督『上海』(1938年)などに関わる。1941年、会社が日本映画社に統合されると、ジャワ島に派遣され、プロパガンダ映画を作る。
戦後、「日本ニュース」の中心スタッフとなるが、1950年、日本映画社を退社。フリーとなり、日本映画社、日本映画新社、岩波映画製作所)、東京シネマ、理研科学映画などで多くのドキュメンタリー映画を監督・編集する。1966年、有限会社伊勢編集室を設立。1973年、結腸癌で死去。
長男は映画監督の伊勢真一。
フィルモグラフィ
映画
- 東京裁判-世紀の判決(1948年)
- 野球教室 投手編(1948年、日本映画社) - 監督
- 野球教室 打撃編(1948年、日本映画社) - 監督
- 野球教室 守備編(1948年、日本映画社) - 監督
- 野球教室 作戦編(1949年、日本映画社) - 監督
- その瞬間あの瞬間(1950年、日本映画社) - 監督
- 輝く富士(1954年)
- タービン工場(1954年)
- 72,500KVA傘型水車発電機(1954年、岩波映画)
- 送油風冷式 117,000KVA三相変圧器(1954年、岩波映画)
- 64,700KVA水素冷却タービン発電機(1954年)
- 佐久間ダム 第一部(1954年、岩波映画) - 編集
- 肥料は進歩する(1954年)
- 包丁式 (1954年、岩波映画) - 監督
- 味(1955年)
- 発電所建設の記録 第二部(1955年) - 編集
- 新しい神通川(1955年、岩波映画) - 監督・脚本
- 佐久間ダム 第二部(1955年) - 編集
- Iron and Steel Making in Japan(日本の鉄鋼)(1955年)
- 製鉄(1955年、岩波映画) - 監督・脚本
- カラコルム カラコルム・ヒンズークシ探検の記録(1956年、日本映画新社) - 構成編集
- 三重火力・記錄版(1956年)
- 日本の鉄鋼(改訂版)(1956年、岩波映画) - 監督・脚本
- 佐久間ダムの発電機(1956年、岩波映画) - 監督・脚本
- 除雪車(1956年)
- 新しい鉄(1956年、岩波映画) - 監督・脚本
- 鉄(1956年、岩波映画) - 監督・脚本
- Toshiba(1956年)
- 天皇皇后陛下広畑製鉄所へ(1956年)
- 鉄をつくる(1956年、岩波映画) - 監督・脚本
- 造船日本の誇り 汗と花火(1957年、JPCプロ) - 構成・編集
- 鯨箱根を越ゆ(1957年、岩波映画) - 演出・脚本:編集
- 日本南極地域観測隊の記録 南極大陸(1957年、日本映画新社) - 編集
- 建設のつくる工場(1957年)
- 鉄の使いみち(1957年)
- This is Toshiba(1957年)
- 新時代的交通工具(北京語版)(1957年)
- 佐久間ダム 第三部 建設の凱歌(1957年、岩波映画)
- Japan on Wheels (1957年)
- 進水式(1957年)
- 遭難 谷川岳の記録(1957年、岩波映画) - 編集
- 黒部峡谷(1957年、日本映画新杜) - 編集
- 赤道直下一万粁 アフリカ横断(1958年、日本映画新社) - 編集
- 新しい鉄の時代(1958年、岩波映画) - 監督・脚本
- 新厚板工場(1958年、岩波映画) - 監督・脚本
- 三菱日本重工(1958年)
- Sakuma Project(1958年)
- ミクロの世界 結核菌を追って(1958年、東京シネマ) - 編集
- たのしい科学シリーズ 雪の結晶(1958年、岩波映画) - 監督・編集
- 佐久間ダム(総集編)(1958年、岩波映画) - 編集
- 新しい中径管工場(1958年、岩波映画) - 脚本
- 黒部川第四水力発電所建設記録 第一部 黒部峡谷(1958年、日本映画新社) - 編集
- 黒部川第四水力発電所建設記録 第二部 地底の凱歌(1958年、日本映画新社) - 編集
- 川崎重工業(1958年、東京シネマ) - 編集
- 花嫁の峰 チョゴリザ(1959年、日本映画新社) - 構成・編集
- 瀬戸内海(1959年、関西映画) - 監督
- 新しい製鉄所(1959年、岩波映画) - 監督・脚本・編集
- 日本鋼管(1959年)
- 海に築く製鉄所 八幡製鐵戸畑製造所建設の記録 (1959年、岩波映画) - 演出・脚本
- メタルフォーム 第一部(1959年、岩波映画) - 監督・脚本
- メタルフォーム 第二部(岩波映画) - 脚本
- 国づくりからこめづくりまで(1959年、岩波映画) - 脚本
- マッキンレー征服(1960年、東映教育映画部) - 構成・編集
- サラームアライコム(1960年)
- ジンコート(1960年)
- 高炉セメント(1960年、岩波映画) - 監督・脚本
- たのしい科学シリーズ 海に築く製鉄所1(1960年、岩波映画) - 監督・脚本
- たのしい科学シリーズ 海に築く製鉄所2 (1960年、岩波映画) - 監督・脚本
- 大ダム(1960年、岩波映画) - 監督・脚本
- 新しい水の恵み(1960年、岩波映画) - 脚本
- Mail of Japan(1961年)
- トンネルとメタルフォーム(1961年&1962年、岩波映画) - 監督・脚本
- 鉄ものがたり(1962年、岩波映画) - 監督・脚本・構成 ※漫画映画。演出助手・制作進行は高畑勲
- 巨船ネス・サブリン(1962年、岩波映画) - 脚本・企画
- 鉄の世紀(1962年、岩波映画) - 監督・脚本
- 豪雪に築く 奥只見ダム建設の記録(1962年、岩波映画) - 監督
- 現代をつくる 鉄の型枠メタルフォーム(1962年)
- パルスの世界 エレクトロニクスと生体と(1962年、東京シネマ) - 編集
- 三菱日本重工(再改定)(1962年、岩波映画) - 脚本
- 明日の鉄鋼(1962年、岩波映画) - 監督
- ワイドフランジ へどろに建つ製鉄所(1962年、岩波映画) - 脚本
- 奥只見ダム 第二部(1962年、岩波映画) - 構成・編集
- 鉄は日伯を結ぶ(1963年、岩波映画) - 監督・脚本
- 東京の下水道(1963年、岩波映画) - 脚本
- 未来をつくる製鉄所(1963年、岩波映画) - 監督・脚本
- ガス工場建設の記録1964年、岩波映画) - 脚本
- 或る出版社 五十年(1965年、岩波映画) - 構成 ※監督:羽仁進
- 海に築く製鉄所(改訂版)(1965年、岩波映画) - 監督・脚本
- 血と涙と墓場(1966年、弘城興業社映画部) - 構成・編集
- 富士山直滑降(1966年、東京福原フィルムス) - 構成・編集
- 大昭和製紙健闘の記錄 地球を喰う(1966年、ニラサワフィルム)
- スキー野郎 氷河大滑降(1967年、東京福原フィルムス) - 構成・編集
- 日本人ここにあり(1967年、理研映画) - 編集
- 日本の印刷(1969年、岩波映画) - 監督・脚本
- よみがえる谷間(1970年、岩波映画) - 監督
- 海底に挑むパイプライン 西部石油・海底管の記録(1970年、岩波映画) - 監督
- 日本万国博(1971年、社団法人ニュース映画製作者連盟) - 脚本・構成・編集 ※監督:谷口千吉
- 森と人の対話(1972年)- 監督 ※遺作
テレビ
- 味の素ミュージック・レストラン(1953年、日本テレビ)
関連項目
外部リンク
- 伊勢長之助(KINENOTE)
- 伊勢長之助(日本映画データベース)
- Chônosuke Ise(IMDb)
出典:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 | 最終更新:2023/11/13 04:45 UTC (変更履歴)
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