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【「コット、はじまりの夏」評論】ベルリンとアカデミーが讃えたアイルランド発の珠玉作。静かな交感と豊かな詩情は日本人の心にも響く

2024年1月28日 15:30

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「コット、はじまりの夏」は公開中
「コット、はじまりの夏」は公開中
(C)Insceal 2022

シンプルに言えば、多くの“ワンダー”が詰まった珠玉作。少し言葉を足すなら、素晴らしいキャストと詩情豊かな映像、心を動かされる物語に、映画の成立過程から評価に至るまでさまざまな驚きと巡り合わせに満ちた記念碑的な逸品だ。

主人公は9歳の寡黙な少女コット。アイルランドの田舎で農場を営む両親は多くの子をもうけるもネグレクト気味で、コットは同じく農場主の親戚夫婦に預けられてひと夏を過ごすことになる。

原作は、アイルランド東部の農家に生まれ育ったクレア・キーガンが、2007年に発表した英語の中編小説「Foster」(里子)。ちなみに同国の第一公用語はアイルランド語だが、近世にイングランドから植民地化された影響で以降は国民の大多数が英語を話し、アイルランド人作家が英語で著述するのもごく一般的だ。

「Foster」の映画化に動いたのは、1981年にダブリンで生まれ、アイルランド語と英語のバイリンガルとして育ち、2003年から短編映画やドキュメンタリーを手がけてきたコルム・バレード。アイルランド語映画の製作に資金援助するプログラムにタイミングよく選ばれ、原作小説を自らの脚本でアイルランド語主体の「コット、はじまりの夏」(英題は「The Quiet Girl」)として再構成し、長編劇映画監督デビューを果たした。

親きょうだいから愛情も関心も注がれず、孤独と不安にひとり耐えるかのような暗い目をした序盤のコット。預けられたキンセラ家で、優しく世話をしてくれるアイリンと、当初は不愛想だが次第に打ち解けてくるショーン。家事や農場の仕事を手伝いながら、里親たちの愛情に触れるうち、コットの心のこわばりが解け、自ら発する言葉も少しずつ増えていく。

主人公の変化と成長を自然な佇まいで繊細に演じたのは、撮影当時10歳、ダブリン出身で幼ない頃から演技のクラスを受けていたキャサリン・クリンチ。学校に届いたオーディションの通知に応募して大抜擢された彼女がカメラの前で演技するのは初めてという事実に驚かされるが、母親がアイルランド出身の女性で構成された音楽グループ「ケルティック・ウーマン」の結成メンバー、メイヴ・ニー・ウェールカハというのもちょっとしたサプライズだ。

バレード監督もまた、初の長編劇映画とは思えない効果的な脚本と的確な演出で、言葉数の少ないコットと里親の感情の動きを巧みに描き出す。バケツを持って水くみに来たアイリンとコットが逆さまに映った井戸の水面。コットが座る台所のテーブルにショーンが黙って置くビスケット。夜の海を前に並んで座るショーンに、コットがためらいつつ伸ばしてから引っ込める手。そうした印象的な非言語の描写が積み重ねられたからこそ、コットが最後に発する短い言葉が観客の心の奥深くに響き、忘れがたい余韻を残すのだろう。

撮影監督ケイト・マッカラの貢献もあり、構図と光が精妙にコントロールされたスタンダードサイズの映像が味わい深い。キンセラ家の静謐な屋内空間や、農場と周囲の自然や動植物といったコットの目に映る詩情豊かな世界は、交わされる台詞の少なさも相まって、小津安二郎作品で描かれたような古き良き日本の感性を思わせもする。

本作は2022年2月のベルリン国際映画祭で子どもが主役の映画を対象にした部門のグランプリなど2冠を獲得。本国では同年5月に封切られ、アイルランド語映画として歴代最高の興行収入を記録した。さらに2023年のアカデミー賞では国際長編映画賞のノミネート5作品に入り、やはりアイルランド語映画で初の快挙に。子どもの人権と文化的多様性の尊重という時代の流れに合った面もあろうが、言語も国境も超える普遍的なテーマが世界の観客に届いたことの表れでもある。

キャサリン・クリンチとコルム・バレード監督という新たな才能の輝かしいデビューを心から祝福するとともに、今後の成長と躍進を大いに期待したい。

(高森郁哉)

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