「丸木位里 丸木俊 沖縄戦の図 全14部」河邑厚徳監督インタビュー 「アートで感情を動かし、平和を作る力に」

2023年7月19日 08:00


河邑厚徳監督
河邑厚徳監督

丸木位里丸木俊の画家夫妻が1980年代に手がけた大作「沖縄戦の図」の全14部を紹介するドキュメンタリー「丸木位里 丸木俊 沖縄戦の図 全14部」が公開中だ。

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「原爆の図」「南京大虐殺」「アウシュビッツ」と40年に渡り、戦後一貫して戦争の地獄図絵を描き、ノーベル平和賞候補になった丸木夫妻。ふたりが最晩年に沖縄に通い、戦争体験者の証言を聞き、完成させた連作を収蔵する宜野湾市の佐喜眞美術館が協力。「大津波 3.11 未来への記憶」「天のしずく 辰巳芳子“いのちのスープ”」などを手掛けた河邑厚徳監督が、自身の撮影で絵画と夫妻の思いに肉薄する。このほど、河邑監督が作品を語った。

――長年NHKでドキュメンタリー番組を制作されていましたが、映画としてこの作品を作ろうと思った経緯を教えてください。

丸木夫妻がご存命の時に面識はなかったのですが、自分自身、50年以上色々な形で戦争や平和についてのドキュメンタリーを作ってきて、行き詰まりのようなものを感じていました。毎年いろんな方が良いドキュメンタリーを作っていますが、放送終了後、ではこれから日本が戦争に近づかず、平和であるためにどうするか? というところまで届け切ってないだろうという気持ちがありました。

今の日本の状況を見ても、貧困や差別、政治的な問題も含めて、放送と一般の人たちの意識が必ずしも一つになっていないのでは、と感じます。そこで、良い内容のドキュメンタリーを作るというだけではなく、新しい手法、新しい方法論が必要だと思いました。一般的な情報やオーソドックスなドキュメンタリーは、理性や知性という脳に訴えるもの。でも人間の多くは、心が動いた時に変わっていくことができる。それがアートの持つ力ではないかと考えました。今回は「沖縄戦の図」を徹底的に見つめることで、過去の戦争の話ではなく、描かれていることそのものと、今、私たちが考えなければいけないことを伝えてくれると思ったのです。

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▼「沖縄戦の図」との運命的な出会い

――「沖縄戦の図」との出会いのきっかけを教えてください。

長野県上田市にある、戦没画学生慰霊美術館である無言館の窪島誠一郎さんと長く親しくしておりまして、ある時に丸木夫妻の「原爆の図」を(ドキュメンタリーで)取り上げることについて相談したところ、もちろん丸木夫妻の代表作と言えば「原爆の図」だけれど、夫妻が晩年に力を入れた「沖縄戦の図」というシリーズがあると紹介されて佐喜眞美術館に行き、ものすごい衝撃を受け感動しました。そこがスタートです。

――本作の舞台の一つでもある、「沖縄戦の図」が収蔵されている佐喜眞美術館について教えて下さい。

丸木夫妻は「原爆の図」を描いた時に、将来人類が核兵器を廃絶するために、絵を広島に置きたいと願いました。しかし実現しなかった経緯があります。ですから、「沖縄戦の図」はなんとしても沖縄に置きたかった。そこで、鍼灸師であり、丸木夫妻と親交があった佐喜眞道夫さんが、様々な苦労をして丸木夫妻の意思を実現する方法を考えました。そんな時に佐喜眞さんの先祖の土地が基地の中にあることがわかり、その土地を美術館のために一部返還してほしいと米軍と交渉し、美術館開館が実現しました。佐喜眞美術館はまさしく「沖縄戦の図」を収蔵するための美術館なんです。

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――それは、運命的なお話ですね。

美術館建設の経緯そのものがドラマですよね。しかも佐喜眞さんの先祖の土地ですから、佐喜眞家の亀甲墓も敷地内にあります。美術館は真っ白な建物で、まっすぐ登っていくと普天間基地を見下ろすような建物です。ですから、美術館とあの絵は一体で、それが沖縄に置かれることについても幸運な偶然が重なったと思うんです。

▼美術館建設までの道のりと映画での挑戦

――美術館建設までのお話を聞かせてください。

もちろん基地なので、日本の防衛施設局と交渉しようとしても門前払いだったそうですが、宜野湾市の企画部長を通して、在沖米国海兵隊基地不動産管理事務所の所長と話ができ、「ミュージアムができたら、宜野湾市は良くなります。我々には、問題はありません」と、納得してくださったとのことです。本当にそんなことあるのかな……と思うような話ですが。

基地があることで、米軍が沖縄の住民に対して様々な問題を起こしているので、プラスになるようなこともしなければいけない、そういう意識もあったと思います。しかし、基地返還闘争が続いている中で基地の一部が返されたことには驚きました。

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――絵画から沖縄戦という過去を浮かび上がらせる手法をとっています。表現上の挑戦について教えてください。

これまで基本的にいろんなドキュメンタリーを作っていましたが、アートによって人の感情を動かすことが、平和を作る力になると思います。毎年戦争のドキュメンタリーは作られても、例えば、参謀本部がどうとか、そういった資料館のような話は確かに大事ですが、どこかで戦記もののような古い昔の話になってしまう。しかし、絵は時間を超えるもの。 見た時が常に現在なんです。ピカソだってなんだって、すべてのアートがそうだと思います。

映像としては、絵に息吹を吹き込むようなことを意識しました。実際に美術館で「沖縄戦の図」の前に立ってみたとして、どこに何を見て、どの部分を見たらいいか戸惑うと思うんです。ものすごく大きい絵ですから。そういう意味でも、映像で絵のディテールを発見してもらったり、絵に込められた思いがけないふたりの思いを伝えたいです。

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今回は私が、長い時間絵と対話をして、私の心が動いた箇所や気になった部分を撮っています。それができたのは全て自分で撮影したからです。カメラマンや技術スタッフとの仕事では、私が何をどう撮るかという予定を作らなければなりませんが、今回は自分で撮っています。この仕事を始めて50年以上経ちましたが、一番の変化が技術的な進歩で、小さいデジタルカメラで4Kの映像が撮れるようになり、大画面で見る映画の表現としても十分伝えられるようになりました。

そして、私の主観ではなく丸木夫妻が何を考えたかに寄り添いました。すべての絵に非常に先鋭的なメッセージが込められています。まず第1部、最初に描かれたのが久米島の虐殺で、当時久米島に駐屯していた軍人の琉球人・在日朝鮮人に対しての差別観です。戦争が終わっているにもかかわらず、スパイ容疑で虐殺するという許されるべきではない行為があった。それは司令官の命令ではなく、一軍人の判断で行われました。明治以来の日本の皇民化教育の問題、しかし、そのことに対して何の責任を取ることもないまま、日本の戦後は進んでいったことをストレートに描いています。

また、今回は映画のストーリーラインをあらかじめ作ったわけではなく、1部から14部までを順番に辿る時間軸で、その中で見えてくる物語を構成の軸にしています。その中ではふたりの戦争に対しての考えや告白や怒りだけではなく、最後は沖縄への希望で終わっている。そこでふたりが何をもってあの絵を描いたのか、理解していただけるはずです。

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――沖縄で先行公開が行われました。現地の反応を教えてください。

いろんな苦労があって「沖縄戦の図」は佐喜眞美術館に収蔵されましたが、意外と沖縄の方で知っている方は多くはありませんでした。この映画の公開に合わせて沖縄のメディアがたくさん取り上げてくださって、美術館にたくさんの方々が足を運ぶようになったそうです。


圧倒的な迫力を持って、戦火の悲劇を伝える「沖縄戦の図」。もちろん佐喜眞美術館で実物を見ることが望ましいが、沖縄まで行くことは難しいという人も多いだろう。戦争による愚かな悲劇を繰り返さないためにも、14部すべての作品を順番に、そして細部までを映し出す本作を、是非映画館の大スクリーンで鑑賞し、丸木夫妻の思いを受け取ってほしい。

7月28日までポレポレ東中野で公開。その後8月1日~6日に東京都写真美術館ホールほか全国で順次公開。

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