【「タミー・フェイの瞳」評論】アメリカ社会に潜む闇が、タミーの大きく見開いた瞳に反射する

2022年4月24日 15:00


「タミー・フェイの瞳」
「タミー・フェイの瞳」

1970年代から80年代にかけてキリスト教徒ばかりか多くのアメリカ人を熱狂させたテレビ伝道師、ジム・ベイカーとその妻、タミー・フェイの盛衰記を、タミーの視点から描いた伝記映画である。テレビ伝道とはアメリカでの大規模なメディア規制緩和に伴い、伝道師が全米に張り巡らされたテレビ放送網とケーブルテレビを利用してスタジオで説教する様子を、信者が視聴するアメリカ特有の現象として始まったものだ。

伝道師の娘に生まれたタミー・フェイは、ミネソタ州の聖書学校で知り合ったジム・ベイカーと恋に落ち、母親の反対を押し切って結婚。2人は大学を中退してキリスト教の説教を行うようになるが、それがキリスト教系のネットワークに注目され、子供向け番組「ジムとタミー」を足がかりに同ネットワークの旗艦番組の顔に抜擢される。そして、夫婦で新たなネットワーク、PTLを設立。しかし、ジムのレイプ事件、金銭スキャンダル、浮気が次々と発覚し、2人はカリスマ伝道師から詐欺師へと一気に転がり堕ちて行く。

決して喉越しは良くない、裏・アメリカンドリームのような話である。2012年に同名のドキュメンタリー映画「The Eyes of Tammy Faye」(00年)を観て激しく興味を掻き立てられたというジェシカ・チャステインは、即行で映画化権を取得。以後10年近くを費やし、主演は勿論、自ら主催する製作プロダクションを率いて映画化に漕ぎ着ける。そこまで執着した理由の一つには、タミーを通して、栄光の影で不毛な結婚生活を強いられた女性が、それでも、神と繋がることで愛を実感するという特異な実像に迫る目的があったと思う。また、その濃すぎるメイクと発声法、虚しいほどに明るい笑顔が、それ故に人々にキワモノ的イメージを植え付け、パロディの対象にされてきたことに対する反論もあったはずだ。それだけに、たとえ肌にダメージが残ったとしても(本人・談)、毎日4時間から長い時は7時間かけて顔に施したメイクは重要だったのだ。その完成度は、正直言われなければ最後まで誰だか分からないレベル。メイクによって役が憑依したかのようだ。また、チャステインは人気歌手でもあったタミーの歌声をコピーし、それを劇中で披露している。それも、“クリスチャンの ベティちゃん”と呼ばれる地声のトーンをタミーに限りなく近づけ、それをそのまま歌声に転嫁するという2段構えの荒技で。アカデミー主演女優賞とメイクアップ&ヘアスタイリング賞受賞は妥当だったと思う。

同時にこの物語は、タミー・フェイを介して宗教を政治利用しようとする当時の共和党政権や、同性愛者を差別する教団の体質や、何でもエンタメとして消化していくアメリカ人のメンタリティにも言及している。信仰というものの表と裏、アメリカ社会に潜む闇が、タミーの大きく見開いた瞳に反射する時、チャステイン悲願のプロジェクトが達成されたことの意味を実感するのである。

(清藤秀人)

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