ある閉ざされた雪の山荘でのレビュー・感想・評価
全400件中、1~20件目を表示
予想外に面白かった
三重構造… かなり良くできたプロットに驚かされた。
2時間ドラマ的な作品かと思ったが、大作だった。これが東野圭吾さんの作品だと知り納得した。
東野さんの作品は何十冊も読んでいるが、これはまだ読んでいなかった。
最初の設定が自然だ。オーディションの最終選考会。
ここで事件が起き、「探偵になったつもりで犯人を捜せ」というのが合格条件だ。
面白いのが、「殺されれば」そこで終了なのだが、犯人役はすでに選考されていて、犯人はオーディションの主役ではないことが決定しているはずだ。もしこの中に犯人がいるのであればだ。そう思いつつ見ていた。
このオーディションは東郷先生なるものが主催したことになっている。
しかしそれは建前で、本当は悪ふざけのために起きてしまった劇団員の痛ましい事故と下半身不随という障害に由来する。
障害者となった朝倉雅美は、劇団のリーダーの本多に、悪ふざけをしたあの3人を殺害してほしいと依頼、本多がこれを了承する。
しかしながら実際そんなことなどできるはずもなく、その3人に決死の芝居をさせ、何とか朝倉に納得してもらおうと、このオーディション企画を設定した。
この作戦に中西と田所だけが参加しておらず(むろん久我も)、事実を知らないことで彼らの芝居がリアリティを増すのだ。
劇団員ではない唯一の人物久我は、同じ劇団員同士の仲の悪さを肌で感じ取る。
役を取るために反則技をする役者もいることが表現されている。
本多の脚本では、あの山荘の中では犯人はわからなかったことになっていたと思われる。
名探偵ぶりを発揮し、見事犯人を突き止めたのが久我だった。
本多にとって想定外のことが起きたものの、本多の決死の芝居劇に騙したほうだと思い込んできた朝倉が、騙されたことを知って、最終的には納得できたことが救いのように感じた。
そもそもお互いの芝居の良し悪しなどではなく、卑怯な手を使っているのだろうという疑心暗鬼が彼らの純粋な芝居にかける思いを揺るがしていたのだ。
「努力しても報われない世界」 これが本音だ。
このオーディションを通して、彼らの壊れたきずなが修復していくということが、言いたかったことなのだろう。
彼女に対する「謝罪」を、参加者全員で渾身の芝居をすることで成し遂げたのだ。
これがきっかけとなり、この出来事すべてをお芝居にして大ヒットさせた。
つまり四重構造となったのだ。
そしてこの作品を舞台上で締めくくる設定もよかった。
最後のカーテンコールまでよかったと思う。
これが表面上確認できるこの作品だ。
しかし、
なぜ久我はこのオーディションに参加できたのだろう?
本多が、このオーディションが東郷先生が主催した体にするために見せかけただけなのだろうか?
久我は名探偵という重要な役割を担った。
久我は劇団員ではないという「設定」にもかかわらずだ。
基本的な脚本を書いた朝倉雅美。オーディションと言って殺人を起こすつもりだった。
そこに別の脚本を書き足したのが本多。そして3名の当事者に配役した。
本当に何も知らなかったのが、中西と田所と、部外者の久我。
この物語の「事実設定」を考えると、久我というのが謎すぎてくる。
しかし、
最後のお芝居にも久我が登場することで、この作品はどこまでが事実で、でこまでが芝居なのかわからなくなってくる。久我がこの事件を通して劇団員になったことはありうるだろう。
しかし解せない。久我は最初から参加しているのだ。
原作として小説があるものの、映画として何かを表現しているように感じるのだ。
この作品には映画としての表現と、作中の芝居部分の表現がある。
一見すると山荘で起きた出来事をそのまま芝居にしたように見える。
つまり表面上はあのオーディションこそが事実設定だと考えてしまう。
しかしどうしても久我が謎なのだ。
映画にも芝居にも脚本がいる。
これは、つまり… 「この作品」はいったい誰が書いたという「設定」で成り立っているのだろうか?
起きた出来事と事実そしてそもそもこの作品ができたという「設定」は、朝倉が下半身不随になった出来事だけが事実なのではないだろうか?
そう考えると、久我とはそもそも劇団員でなければ彼が登場することはできない。
本多が見た朝倉のノート、本多はその辛辣な内容を久我に相談した。
そうして二人で書いたのが「ある閉ざされた雪の山荘で」なのではないだろうか?
この作品は憔悴しきった朝倉の復帰を、劇団員総出で迎え入れることで、失われた絆を取り戻す物語なのではないだろうか?
つまりこの作品は、劇団員同士の純粋な役者心と絆がつまらないうわさによって揺らぎ、それがもとで大きな事故へとなってしまい、朝倉が下半身不随になったという「設定上の事実」だけが、事実設定されているものだ。
そしてそこから派生して出来上がったのが渾身作「ある閉ざされた雪の山荘で」というこの作品、本多と久我が脚本したものだ。
最初にあったのが「努力は報われない世界」という失意と疑心暗鬼。
起きてしまった事故と障害。
朝倉の恐ろしいほどの心の影を書いたノート。ここまでが「事実」であり、この作品ができるきっかけだ。
これを基に作ったのが二人で書いた脚本のお芝居。そしてそれらをすべて包み込むように映画という視点で表現したのだろう。
この作品は最初から面白い設定となっている。そしてどこかおかしい。謎だらけだ。
なぜなら、この作品という作品は、「ある劇団で起きた不幸を劇団員総出で立ちなおしていくというひとつの明確な目的で構成されており、それゆえ歪さが垣間見えるのだが、それこそがこの作品を劇団員でひとつひとつ作り上げたのだ」という東野作品の表現した真骨頂だったのではないだろうか?
救いのある軽いミステリー
東野圭吾原作の本格(風)ミステリー。
劇団×クローズドサークルとは、ミステリー好きの心をくすぐります。若手俳優8人はとても豪華。特に、森川葵の演技は、終盤だけにも関わらず印象深くて流石でした。(TVのバラエティ番組のイメージが強いですが、実はかなりの演技派ですよね。)一方で室内の場面ばかりだし、実は低予算映画かな。
東野圭吾は本当に色々なテイストのミステリーを描いているが、こういう軽いテイスト&救いのあるミステリーもまた彼らしい。
原作と違うラストでしたが、これはなかなか秀逸なアレンジだったと思う。そう言えば、どこか現実感の無いふわふわした雰囲気が序盤から終盤まで漂っていて、観客を惑わせるミステリアスな演出でしたね。
救いのある感動的なストーリーと見るか、全てがフェイクの劇中劇だったと見るか、全ては観客次第。
ご都合主義的な展開もありましたが、自分は素直に感動したし、映画として素晴らしいと感じました。
人により評価が分かれるのだろうとは思いますが、自分は満点を付けたいと思います。
こういう映画があってもいいと感じた
ある閉ざされた雪の山荘で
映画館 OSシネマズミント神戸で鑑賞 2024年1月29日(月)
劇団に所属する7人の役者のもとに、新作舞台の主演の座を争う最終オーディションへの招待状が届く。
オーディションは4日間の合宿で行われ、参加者たちは「大雪で閉ざされた山荘」という架空のシチュエーションで起こる連続殺人事件のシナリオを演じることに。
しかし出口のない密室で1人また1人と参加者が消えていき、彼らは互いに疑心暗鬼に陥っていく。
久我和幸(重岡大毅)主人公。オーディションに招待された役者の中で唯一、異なる劇団から参加した“部外者”である。
本多雄一(間宮祥太朗)華と実力を兼ね備えた劇団「水滸」トップ俳優
中西貴子(中条あやみ)講演直前に役を奪われてしまった女優。劇団「水滸」所属
田所義雄(岡山天音)恋愛感情をこじらせたクセあり怪優。劇団「水滸」所属
元村由梨江(西野七瀬)世間知らずのお嬢様女優。劇団「水滸」所属
笠原温子(堀田真由)役のためならと超勝気なワガママ女優。 劇団「水滸」所属
雨宮恭介(戸塚純貴)誰よりも優しい劇団「水滸」リーダー
麻倉雅美(森川葵)圧倒的な演技力を持つ劇団「水滸」の天才女優
オーディション1日目の夜、温子は電子ピアノのヘッドフォンのコードで絞殺されたという設定
久我は「人を殺すほど本気で引っ張っぱれば、プラグは抜けるはず」と推測するが、温子のネイルが不自然に落ちていたことで、演出ではなく、本物の事件の予感が・・・
オーディション2日目の夜、百梨江が撲殺されたという設定。部屋の壁に血痕が付着していたが、それは血ノリだとすぐわかるものだった。その直後、本物の血がべっとりついた花瓶が発見される。玄関に置かれていた花瓶が、わざと人の目につくところに置かれたようだが、この血は百梨江のものか?それとも誰の血か?
温子と百梨江が消えた際に、事件現場の不自然な点が気になり、残された久我和幸、本多雄一、中西貴子、田所義雄、雨宮恭介らは、「死んだという設定を利用して、本物の殺人事件が起きているのでは」と疑い始める。消えた死体役の役者はどこへ行ってしまったのか。そこへ、防犯カメラもなく、死体を隠せるところとして”ある場所”を思いつく
久我と貴子が犯人捜しのために遊戯室を検証、山荘の外へ出ると、敷地内に古い井戸があるのを発見。井戸には金網で塞がれていたが、よく見ると金網には赤いモヘアの繊維が。赤い服を着ていたのは一体誰なのか?
劇団水滸の人気女優・麻倉雅美は、今回の主演オーディションに落選。
不思議に思っていた久我が理由を聞くと、交通事故で下半身不随になってしまったという。
実は雅美の事故には、劇団メンバーの由梨江、温子、雨宮が深く関わっていた・・・
彼らが今回の最終オーディションで殺される役となったのは、何か理由があるのか?
最終オーディションの本当の目的は・・・
舞台はマジックミラーになっていて、死んだはずの温子が出てきた・・・・・
一体どういうことかといえば
そう、すべては「劇」だったのである。トリック。
トリック映画か?そういう分野があるかどうかはわからないが
だまされたが実に巧妙と感じた。否、絶賛しようじゃあないか。あっぱれだ!
おもしろかったです。
映画も舞台も観てほしいです!
面白い演出だと思ってます。閉ざ雪ならぬ映画公開して、閉ざステの舞台28日までやってます
映画を観てからの、舞台でしたが、とても、楽しめました!奥が深いと、どちらの役者の方々も迫真の演技で、舞台見終わったあと、また映画観に行ってみようと、あ、あそこはそういうことだったのかな?とか考えさせられます。映画の主人公は、重岡大毅くんで、舞台の主演は、室龍太くんどちらも関西Jr.出身の方達でファンは、エモいと、2人を抜擢してるのも、感動しました。舞台は、28日で終わるのですが、舞台もあと一度は観劇させていただきます!映画はまだ続きそうなので何回も観に行きたいと思いました。
ある閉ざされた雪の山荘で
ストーリーももちろんですが、今まで観た映像作品の中でも演出が一番好きです。
そこまで観てる訳では無いですが、私の好きな作品と流行っているドラマや映画が一致することがほとんど無いので、こういうワンシチュエーションの作品が増えてくれれば嬉しいです。ちなみに「ファーザー」も好きです。
ミステリエンターテイメント
原作を読んだ上で、3回観ました。
登場人物の性格や動機、山荘の造り等、原作と違う箇所は多々ありますが、映像作品に合う様に上手く作り替えられていると思います。
原作ファンの方がどのよう思われるかは分かりませんが、元々、感情移入する情緒的な書かれ方はされていないので、誰かに感情移入してストーリーに入り込むというより、曲者揃いの登場人物のやり取りや二転三転するストーリーを楽しむ映画だと感じました。
設定に無理がある、という意見もありますが、そもそも7人中4人が共犯(共演?)なのですから、残り3人が不自然に思わなければいいわけです。そして、彼らは役者。そして、これはオーディション。役を勝ち取りたい、降りたくないという精神的な縛りが想像以上にあるのだろうな、と思っていたので私は気になりませんでした。
狭い世界を生きる若者の青春ドラマでもあり、人間ドラマでもあり、ミステリでもある。面白かったです。
全てが舞台の上の演出だった、と考えられるのもいいですね。
舞台の上の演出だった、とするのが一番綺麗にまとまるとは思いますが、白黒付けずに観客の想像に任せられているのも良いです。
原作と違って、皆さん美男美女なのも観ていて眼福でした。
特に、主演の重岡大毅さんは普通の青年を演じさせたら素晴らしいです!いつか彼が犯人のミステリも観てみたいと思いました。
死人が多く出る本格サスペンス好きには向かないストーリーですが、私のように人が死ぬのが苦手なタイプにはとても面白い映画でした。
何度でも観て細かな部分を確認したくなる!
ミステリー作品が好きで、今回の映画化を楽しみにしていました。
原作とは少し内容が異なり、面白くもしてくれているため、賛否両論あると思います。
ただ、何度でも観たくなる映画であることは間違いありません。
原作を読んでいれば、1度目は原作との違いを楽しむ。2度目は映画の内容で気になった細かい部分の確認。3度目は原作をもう一度読んでから映画を見に行き、最終確認をして自分の中で消化させる。
最低でも3回は個人的に見に行きたくなる映画となりました。
サスペンス初心者にはとてもいい!
初日に見に行き、3日後にも見に行きました。
そして、来週3回目の追い閉ざ雪してきます。
犯人や展開がキャスティング等で分かりやすいのは確かにありましたが、最後の展開はサスペンス初心者にとっては新鮮で面白いものでした。
サスペンス初心者は取っ付きやすく見やすい作品だと思いました。
劇中でモバイルやネットが全く使えないと理解すれば、楽しめます
賛否が分かれているので、東野圭吾さんのファンとしては映画を見終わるまで少し心配していました。
設定でモバイルやネットが使えなく、テレビすら無い中での話だと気付くと腑に落ちました。
だから話の展開が遅いとの意見があるのかと。
いつも情報や時間に追われ、ゲームのようにクリアすることに迫られている私たち。
もっと落ち着いて人のことを見て感じないといけないなぁと、思いました。
見終わった感想は、まず最後に泣いてしまうとは思ってなかったので、自分でもびっくりしました。最後の20分ほどは、感情がグッと押し寄せてきて清々しい気持ちで見終わりました。
もう1度見て確認したことがたくさんあったので、もう1度見たいです。
あと俳優さんたちが言っていた、同世代の群像劇も魅了で、何年かしたら皆さんの代表作になるのでは無いかと感じました。
映画館にて観るべき作品。2度目の面白さは随一
個人的に東野圭吾さん原作の映画は沈黙のパレード振りでした。
主演をかけたオーディションで起きた出来事は演技か事件か…最深の構造は単純なものの、それが入れ子構造式に複雑化していく様がなんとも鮮やかに感じました。
そしてラスト。今まで見てたものは全部、〇〇の上で繰り広げられたものだったのか…?どこまで演技で、どこまで事件なのか…?ともう一重に構造が重ねられるところは鳥肌ものでした。
全て知った上で見た2度目は、俯瞰のショットの意味やセリフのやり取りの真意、小ネタなど多くの気づきに溢れてとても面白かったです。
2回、そして、劇場の指定座席で見ることで、やっと完成する作品ではないかと思ったので、ぜひ劇場(映画館)でみるべき作品と感じました。
ミステリーだけでなく、劇団員の群像劇的側面も色濃い本作、原作の読後感とはまた違った感情を映画のラストで味わえると思います。
原作好きも楽しめる!
一度見て“つまらない”はもったいない作品
原作を読み、見に行きました。
一回目は原作の映像化に注目し、のちに舞台化したシーンは映画オリジナルとして付け加えられたな、くらいの感覚でした。ただ、“ネタバレ”と言われた三日間限定特典で雅美が車椅子ではないのを見て、もしかして最初から舞台(フィクション)を見せられていた?と気になり、二回目へ。発見があり、疑問も増え、そこを解消させるために三回目へ。という風に、見れば見るほどはまる作品です。
もう一度観たい
何回観ても楽しめる映画です
初日は観ながら、推理しました。
二回目は皆の動きと目線を細く確認しました。
三回目はキャスト皆さんが仰った面白いエピソードを思い出して、笑いながら鑑賞しました。
原作を読んだ後、再び鑑賞へ行ってきました。
また最後にWEST.君の主題歌が流されて
歌詞を聴きながら、映画のシーンを色々思い出した。
違う感じで鑑賞したら、毎回違う事が発見できます。
鑑賞した方と話したら、また違う発見が出てきます。
色んな角度で楽しめて楽しいです。
結末から色々な解釈を想像できる
小説と、映画でのラストで違いを明確にわけ、かつ映画としてこのラストを持ってきたのが、最大のトリックというか、違いを出して正解だったと思う
小説をそのままに映画化するのだとしたら、もう少し細やかな説明や描写がなければならない、だから映画であえてこのラストは、凄く腑におちたし、余韻を残せたと思う
プロの仕事だわ。
トリックがどーした、こーしたってストーリーじゃないね。
才人の長所、短所、特徴に相性を正しく組み合わせて、勘違いされやすい人達の善性を前に押し出したラスト。
プロの仕事だわ~。
スッゴイ!
追記
相性がいいのにそりが合わなかったり
相性が合わないのに惹かれてしまう人だったり
相性がいいのに恋愛対象にならなかったり
相性がいいのに考え方が違ったり
相性関係なしにひたむきな才能に心惹かれたり
悪女に勘違いされやすい人、絶望していても本当は前向きな人、繊細すぎる人、本当に相性が悪い人がいる人達などなど勘違いされやすい人ばかり。原作未読なので元キャラは知りませんが原作にはカップルがいたとか?カップルになりそうな人達がいないのでオリジナルなのかな?だったら脚本家ってスゴイな~
これは?あれは?の多層思考に閉ざされることの面白さ
評価が真っ二つに分かれている
これこそ鑑賞者に解釈を委ねられた作品の醍醐味!
もうそれだけでゾクゾクする。
"さあ、お前はどっちだ?"と試されているよう。
原作読了後、3回鑑賞
観れば観るほど深みがでてくる本作
『サスペンスエンターテインメント』と銘打つ通り、原作へのリスペクトは忘れず、時代を合わせ映画というエンタメに手入れされている。
噛んで噛んで自分で思考することに面白さがある。噛むほど甘くなるお米のよう。
これって?あれって?自分の脳内で組み立てて、意味が生まれた瞬間の爽快感を味わう作品、かな。
事件が実際に起きたのか、すべてがフィクションで劇団水滸の舞台を観劇していたのか。
このわかりやすい結末を差し出さないところ、私はかなり好き。
絶望も希望も100/0なんてことないし。人間って人生って、そうじゃん?
そうすると人間劇としても面白い。
疑う余地、を残していること。受け取り方が自由だからこそ、賛否両論、もう一回観て確かめてみるかと思える。それが意図な気すらしてくる。
「アイマスクしたままバス降りれんのか?」「なんか臭い言い回しだな?」
これらの違和感もすべて、こんなの現実じゃありえん→わざとらしく浮きだたせている→やはりすべてフィクション?舞台演出?と解釈の余白を生んでいる。自然になじませず変なのと思わせることで層として浮き上がる。
二回観てほしい、という意味が分かる。
上澄みだけ掬って一回で面白くないと思うのは相当勿体ない。
観るたび、考えるたびに正解のない多層構造に迷い込み、
自分がどの階層に閉じ込められるか、が楽しい。
あと個人的には、今をときめく主役級俳優陣がこんなに揃って、サブキャストもなし、シンプルに演技合戦してるってだけで単純にワクワクした。拮抗してないと、この並列感は出ない。これだけ華のあるメンバーが質実剛健な作品作りしてるの、なんか、いいよね。このなんかいいよね、ってなんだかんだ一番強い気がする。みんな好きになったな。今後の活躍気にかけると思う。
原作からずっと引っかかっていた久我については、今回映画で重岡さんの演技を観て、この作品のピュアの部分を担っているんだな、と私の中では腹落ちした。彼が放っている言葉にできない空気、瑞々しさ、が、捨てきれない希望、人間の愚かさの底に消えない純真、みたいな説明できない部分。筋とかなんだとか思考パートでなく、感覚で腑に落ちた。彼の存在が作品自体の救いの光の一筋を担っているのかなと。これは感覚なので言語化がうまくできない。感じろ、のやつ。
映画を観終えた後も考える楽しみ、原作と反復する楽しみ、あれこれ言う楽しみがある。楽しいの持続性&キャストを好きになった→これらも加点して総合エンタメ評価として5☆
全400件中、1~20件目を表示