恋脳Experimentのレビュー・感想・評価
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型にはまらない良さを体現する“実験”映画。男性観客にも気づきが
これまで複数の短編アニメーションが数多くの映画祭やコンテスト等で受賞し、この「恋脳Experiment」で実写長編デビューを果たした岡田詩歌監督。東京藝大の先端芸術表現科卒で同大学院の映像研究科アニメーション専攻修了という経歴、さらに「主に幼少期の性への興味や思い出と現在の自分の性知識の差異をテーマに、ユーモアを加えた作品を制作している」とのプロフィールから、自身の体験やこれまで出会った人々から着想を得て本作の脚本を構成したと思われる。PFFアワード審査員特別賞受賞作「Journey to the 母性の目覚め」や京都国際学生映画祭・大九明子賞受賞作「ワンダフル千鳥足 in ワンダーランド」をはじめ、過去のアニメ作品がYouTubeで公開されていて、2月12日時点ではまだ多くても3000回台の視聴回数だが、劇場公開後は注目度が一気に上がって視聴数も軽く一桁、二桁増えるのではないか。
祷キララが演じる主人公・山田仕草が、「女の子は恋をするとかわいくなれる」など恋愛にまつわる世の通説や固定観念を自身の体験を通じて確かめる、いわば自分を実験台にして“恋する脳”の状態を試してみるストーリーから、題にexperiment(実験)のワードを含めたのだろう。女性にとって恋愛や結婚はこうあるべきといった固定観念や先入観に基づく押しつけを、社会が生み出す「呪い」と岡田監督は表現しているが、劇中の台詞に出てくる「洗脳」や、「刷り込み」と言い換えてもいい。劇中では塾講師や恋人や上司からのモラハラ、セクハラも含め、女性に押しつけられ、不快な圧になる考え方や言動が多く描かれるが、男性にとっても他人事ではなく、男は女性にこう接するべきとか、さらには「年上だから、立場が上だから女性をこう扱っていい」といった傲慢さにもつながる男性優位社会の悪しき一面を、ユーモアのオブラートに包んで穏やかに断罪しているようにも受け止められる。
仕草が型にはまらない魅力を備えたキャラクターであるだけでなく、この映画自体も型にはまらない実験的な映像作品のようだ。商業映画を見慣れた観客には、あるいは脚本がとりとめなくドラマ性が弱いと感じるかもしれない。子供の頃から芸大、社会人の時代を通じて絵と文章で表現することにこだわってきた仕草が、終盤で踊りの身体表現で解放される流れは唐突に感じられる。岡田監督が得意とするアニメーションのパートもやはり終盤に少し挿入されるのみで、本筋と有機的にからんでいるかは微妙。それでも、PFFスカラシップの支援で実写作品を撮るにあたり、あえてベテラン脚本家などを頼ることなく(兄の岡田和音と共同でシナリオを書いた)、既存映画の枠にはまらない新しい表現を目指す意気込みは確かに伝わる。
PFFスカラシップに長年携わる天野真弓プロデューサーは、近年では清原惟監督作「すべての夜を思いだす」や小松孝監督作「猫と塩、または砂糖」、古くは石井裕也監督作「川の底からこんにちは」などを手がけており、若手監督のポテンシャルを信頼して(たとえ粗削りな部分があったとしても)撮りたいように撮らせるという印象を受ける。そして本作の配給・宣伝を買って出たストロール(Stroll Films)も、湯川靖代代表がひとりで配給から宣伝まで手がけ、韓国映画「アフター・ミー・トゥー」など女性がテーマの映画を多く扱ってきた。女性の視点から女性の生き方を問い直す新しい映画を世に出そうという思いで、監督、プロデューサー、配給担当者の共感や連帯意識のようなものがあったのではないかと想像する。
封切り後は女性観客を中心に支持が広がっていくのが望ましい展開だろうが、男性が観てもさまざまな気づきがあるはず。ステレオタイプでない新しい表現の映画に出会いたい人や、世間の(そして自らの自覚なき)ジェンダーバイアスに関心がある人におすすめだ。
ラバキック
近藤勇のモノマネ
丁寧・かっちり。だからどうした?
恋に恋する乙女の成長と変化を、少女時代・学生時代・社会人のステージごとに見つめてゆく。短編アニメーションやMV・CMで活躍する監督の、初の実写劇映画だそう。
すぐに気づくのは映画作品としての手堅さ。カメラ・照明・録音・編集・色調整、どれもきっちりと適切適正にチューニングされているし、俳優の演出もおおむね破綻がない。劇映画の監督が初めてでスタッフと俳優との協働をこれくらいきちんとこなせるのは確かに一つの才能で、映画学校の修了製作としてみるなら、審査員の満場一致で満点をとることはまちがいない。
だけどさ、それがどうしたってことなんだよね。破綻がないかわりに、傑出・突出したところもまったくない。一応するすると最後まで見つづけられるかわりに、強く引きつけられるショットもない。専門学校の技術見本として作るもんなのか映画って。
それに良く撮れたシーンのほとんどが、監督が精密にコントロールしたからではなくて、技術スタッフに工夫してもらって撮ってもらった成果なのが丸わかりだったなあ。技術スタッフの創意を引き出すのは映画制作の前提ではあるが、それで喜んでちゃ本末転倒じゃないですかね。
あえて美点を言えば、俳優のさまざまな表情をとらえることに成功している。とくに主演女優(祷キララ)と男優二人(平井亜門、中島歩)はのびのび動いている。はげしい喜怒哀楽は出てこないが、そのあわいにある感情のこまかな動きが見える瞬間は多かった。これは撮影現場にそのようにコミットできた監督の手腕。ここはきちんと評価されていいと思う。
そしてキャラクター造形も、たとえば学習塾のヘンな教師とか、ぽちゃ顔の中学生とか、セクハラ体質のデザイナーとか、あちこち監督のこだわりを感じさせた。このあたりは確かに彼女のオリジナルな部分。
脚本は… 事務局の人は名言が多いとか言ってたけど、正直いってマンガとカラオケとTVドラマの言葉の集大成にしか見えないですねえ。
エンディングも、意味ありげなだけで結局つきつめて考えることを放棄してしまっている。思わせぶりなことをゲージュツと混同する演出は日本映画で長く長くつづく悪習で、こんなに若い監督にもその伝統は生きているんだという驚きがあった。
以上を要するに、きちんと手をぬかずに作られているし、TVドラマやマイナーな映画祭では十分に一角を占める作品ではあるが、監督がこの姿勢でのぞむかぎり、ここから先はどこへも行けない。そう感じさせる映画でした。
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