「世界中が敵」大いなる不在 サプライズさんの映画レビュー(感想・評価)
世界中が敵
日本映画で幾度となく描かれてきた認知症。実体験している人の手で作ることは難しいため、多くは第三者視点で物語が進む。しかし、本作では認知症の父を持つ息子・卓を主人公に当てながらも、その父・陽二の目線からも病の恐ろしさが描かれており、見たことの無い演出に心奪われると共に、彼の目に映る世界から遮断されたような絶望に、とにかく胸が痛くなった。
時系列がばらばらで、記憶も断片的。映画の構成すらも認知症を患った人の頭の中。世界中から狙われている。スクリーンを間違えたのかと思った驚きのスタートは、映画が終わりに近づくと同時に納得し、そして体感したことの無い複雑な感情で心が破裂しそうになる。
スクリーンデビュー60周年を機に、映画出演作が相次ぐ藤竜也。昨年の同時期に公開された「高野豆腐店の春」も良かったが、本作の藤竜也は言葉を失うほど。元大学教授であるため、常に社会問題や世界情勢に目を向けていたのだろう。柔軟性がなく、頑固な性格だが、丁寧な物言いで知的な雰囲気が身から漂う。そんな人が認知症を患ってしまったら。無理難題といえる役柄を彼は見事に演じきった。それどころか、監督の想像の範囲を大きく超えてしまったのではなかろうか。まさに、怪演という言葉がふさわしい。メジャーな作品では無いけど、今年のアカデミー賞には是非ともノミネートされて欲しい。一見の価値あり。
演劇を入れてくる映画はあまりいい思いをしたことがない。本作においても、他の演出やメッセージ性は素晴らしいのだけど、演劇があまり機能しておらず、このせいで安っぽい雰囲気が出てしまっていた。激重テーマを扱っているにもかかわらず、一種のエンターテインメントとして面白い。すごいなぁと感心していたポイントだったから、ここに演劇の面白さも加われば、もっといい物になっていたんだろうなと。最後があんな感じだと、なんだか締まりも悪いし、せっかくならバチッと決めて欲しかった。
この点数だから、正直全て理解出来たわけじゃないし、この映画のことを全面的に受け入れられる訳じゃないんだけど、ストーリー概要からは想像し得ないストーリーでかなり面白く、色々と考えさせられる力作だった。何回も見たり、解説を読んだりして、長い時間をかけて味わう作品。こういう映画に出会えるとは思ってなかったから、テンション上がっちゃった😁