「道で立ち尽くす主人公のショットがすごい」彼方のうた 杉本穂高さんの映画レビュー(感想・評価)
道で立ち尽くす主人公のショットがすごい
登場人物は、何か重たいものを抱えていそうに見える。けれど、そのことははっきりとは描かれない。普段、道で通り過ぎる人もそれぞれの人生でつらいことを抱えているだろうが、それが何かはわからない、みたいな感じで、観客は映画を観ていても登場人物たちの内面をはっきりと見ることができない。普段通り過ぎて「風景」にすぎないよく知らない人々の、人生を少しだけのぞかせてもらうような、そういう鑑賞体験だった。
冒頭、主人公の春はどうして雪子に声をかけたのか。何か悩んでいるのだろうと察して道を聞くという行動で、寄り添おうとしたのだろうか。そして、不思議な春という主人公も何かを抱えていることが、終盤の道で立ち尽くす彼女のたたずまいから伝わってくる。このショットはすごくいい。道路を挟んだ向かいからカメラで捉えたその距離感が醸し出す、手が届きそうで、届かなさそうなその距離感が。
雪子の自宅で作られるオムライスが美味しそうだし、真島秀和演じる剛の娘と映画作りをする優しい空気感も心地いい。この映画は物語としてどこを目指しているかは不明なまま進むのだが、それが不快に全く感じないのがすごい。観終わったあと、街の景色が違って見えてくる。道行く人々にもそれぞれ人生があって、何かを抱えて生きているんだなという想像力が増すのだ。
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