「イタリア語で自動車は女性名詞……てかアダム、耳どうした」フェラーリ たちつてとんさんの映画レビュー(感想・評価)
イタリア語で自動車は女性名詞……てかアダム、耳どうした
嘘でもいいからイタリア語にしてほしかった。
ジェンダー云々の話になると、「とは言ってもイタリア語もフランス語も言葉に男女が歴然とありますけど、それはいいんですか?」てな問題になるイタリア語である。macchinaは女性名詞だ。
……ってやっぱり言われるよね、と制作サイドも(多分)わかっていて、ところどころに苦肉の「イタリアっぽい表現」が(もちろん英語で)ぶち込まれているのだが字幕がそれを表現できてない。
イタリアは今でも街に個人経営の、庶民個人のためにモノを作ってる店が並んでいる。
あの時代なら服は当然仕立て。
調度品も仕立て。
そのへんの考証は結構できてる、だけに英語がつらい。
赤く塗られらた鉄板が猛スピードで走るほうがセックスよりエロいのは歴然だ。
マセラティもよくオッケーしたもんだと思うけれど、「まぁまぁ」で済まなそうで済んじゃいそうなところがイタリアホモソーシャルっぽくもあり。そういうとこなんだよ、地中海に無駄に突き出してないんだよ。
もしイタリア語だったら話のまとまらなさも、アダムがどう見てもイタリア語話者に見えないのもかなりチャラになるのに。
のちに若造だったルカ・モンテゼーモロをマネージャーにしちゃう人に見えないんである。ヤニが足りないんだよなぁ。
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