愛を耕すひとのレビュー・感想・評価
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Till
マッツの最新作、近年は大作やアクションものが多かったですが、久々に人間ドラマな作品がやってきたのでいざ鑑賞。
思っていたものとは違いましたが、史実に沿った重厚な人間ドラマが味わえました。
ジャガイモ作りに励むケーレン大尉とその土地までに出会った人々とのハートフルものかと思いきや、早い段階から不穏な雰囲気漂う感じで、思った以上に血生臭い展開もあったりとで驚かされました。
ケーレンも良い人なのかなーと思っていたら気難しく、最初は人を道具のようにしか見ない感じでいけ好かなかったんですが、人々との交流を得て人としての成長をしていくっていうシナリオが活きていたなと思いました。
ケーレンと関わりのあった人の死がダイレクトに突き刺さる展開が多く、救いのある展開よりも鬱屈とした展開がオープンで進んでいくので中々に重いのは好みが分かれそうです。
デ・シンケルが底無しのクズ野郎だったのもとても良かったです。
自分に敬称を付けることを要求しながらの登場シーンが嫌なやつだなと思いましたが、煮え湯の拷問シーンの容赦のなさと高笑いでまずフラストレーションが溜まり、怒りのあまりメイドを窓から突き飛ばして殺したり、残飯をわざわざ渡しに行ったりとバカだけど変に頭が回って権力があるから厄介というこの手のドラマ作品の中でも一級品のクソムーブをかましていました。
その分シンケルがアン・バーバラにギッタギタのボッコボコにされるシーンはテンション上がりました。
薬入りの酒を飲ませてぶっ倒したあとにブッ刺しまくりからの男の一物をかっ割いたところはヒャ〜となりつつもスカッとしました。
アン・バーバラの目がギラギラしていてゾワゾワしっぱなしでした。
地味にシンケルの部下を殺すシーンが暗殺者じみた隠密っぷりでしたし、どの行動も隙がなかったのが面白かったです。
思想によって差別的な要素が生まれるのも時代背景と照らし合わせて見ても納得いくものがあり、アンマイ・ムスを手放す展開は仕方がないとはいえ中々辛いものがありましたし、アン・バーバラの逮捕後も物悲しいものがあったりしました。
終盤はちと駆け足な感じがあり、アンマイ・ムスとの別れがあっという間すぎてどこか見逃したのかな?と思いましたし、アン・バーバラとの再会も無理くりすぎないかなとは思いました。
映画館でじっくり味わえて良かったです。
濃厚な演技を大スクリーンで堪能できるのはいいな〜と劇場を後にしました。
鑑賞日 2/19
鑑賞時間 13:25〜15:45
座席 C-6
不毛の大地で育まれた愛
貧しい退役軍人ながらも、古びた一張羅の軍服を着て馬に乗る姿はどこか中世の騎士を思わせる気品とストイックさを兼ね備え、無表情で不愛想でもその内に秘めたる温かみのある表情を時折垣間見せる。そんなマッツ・ミケルセン様の魅力全開の中世愛憎劇。
貴族の私生児として生まれ、不遇な人生を強いられた男は戦場に赴き殊勲を得るも、このまま年老いて退役軍人として人生を終えるつもりはない。貴族の称号を得るために彼は国が断念した土地の開拓に一人挑もうとする。
自分を息子と認めなかった貴族の父への思い、そんな父を見返したいという思いからなのか彼は己の名に「フォン」を刻み込むため、貴族の称号を得るために未開の地の開拓に挑戦する。
荒涼とした大地は50年もの間あらゆるものを寄せ付けず開拓者たちを頑なに拒んできた。あまりに厳しい気候、何ものをも受け入れようとしないその頑強な土壌を持つ大地にいま一人の男がくさびを打ち込む。
長年愛を知らず、ただ戦いに明け暮れたケーレンの心には荒涼とした大地と同様に冷たい風が吹きすさんでいた。すべてのものを拒絶し孤独の中で生きてきた男の姿はまさに何ものも受け入れようとしないこの大地の姿と被る。しかし逃亡小作人の妻のアンやタタール人の少女アンマイとの交流を通して彼の乾いた心は次第に湿り気を帯びていく。
彼ら家族同然のいとなみが固く閉ざされたケーレンの心にくさびを打ち込み乾ききった彼の心を潤わせていった。彼らが力を合わせてこの乾ききった大地を農場に適した湿り気のある大地に変えたように。そして彼らの間に強い絆が芽生えた時、頑なだった大地も心を開くかのように小さな一つの芽を芽吹かせる。
開拓地を自分の領土と主張するシンケル卿の様々な妨害を受けながらもついに彼らは力を合わせて苦難の末に開拓に成功する。しかしいまだシンケルによる執拗な嫌がらせがやむことはない。ようやく心を開いた大地、しかしそこには悪魔が巣食っていたのだ。
シンケルによって囚われの身となるケーレン、王室にも見放されもはやこれまでかと思われたときアンの捨て身の行動が彼を救う。
シンケルは死に、すべての脅威は去った。しかし領主殺害の罪を負ったアンは終身刑に、けして生きて逃れられない運命となる。開拓民も去りケーレンは一度手放したアンマイと再び暮らし始め、月日は流れた。
ついに待ち望んだ貴族の称号を手に入れたケーレンだったが彼の心はどこか寂しげだった。年頃になったアンマイは恋に落ち、彼の元から去る。再び孤独の生活に戻った彼はその時気づく、自分が人生で本当に求めていたものがなんであったか。それは貴族の称号などではない、それは彼が生まれて一度も手にしたことのなかった家族のぬくもりであり家族の愛だった。彼がこの大地の開拓によって育んだもの、それは愛でありその愛こそが彼が本当に求めていたものであった。それに気づいた彼は貴族の称号を投げ捨ててこの地を去る。本当に自分が手に入れたものを取り戻すために。
ルドヴィ・ケーレンはけしてその名にフォンが刻まれることはなかった。彼にはそれよりも大切なものがあったことに気づいたのだった。
とても見ごたえがある作品であり、主人公たちに次から次へと降りかかる試練など見ていて気が抜けません。終始安心して見れなかったので結構疲れます。どこまでが史実かわかりませんが映像がとても美しく、中世を舞台にした貴族たちによる愛憎劇はドロドロした昼ドラのようで奥様方にも喜ばれるかと存じ上げます。劇場はマッツ様目当ての女性で埋め尽くされていました。
特筆すべきはシンケルの悪役っぷり、近年まれに見るものがありました。アカデミー賞悪役大賞受賞は間違いないでしょう。ここ十年で一番の悪役ぶりではないでしょうか。
舞台が絶対王政の時代で人権なんてあってなきがごとしなだけにバッドエンドを予想しましたが、シンケルが死んでくれてやっとそこから安心して見れました。
ほんと観客をも欺くあのエレル嬢に成りすましての馬車での登場は映画史上類を見ないほどのもの、私も見事に騙されました。
土地開拓の話としか前情報入れてなくて、まさかこんなに娯楽性高い作品とは。鑑賞は疲れますがそれだけに見ごたえある大作です。劇場の女性客同様私もマッツ様にメロメロです。
やり遂げたい事と家族
愛する家族を護るには、選択肢が少なくて…
選べないどちらかを1つ選ぶのは残酷だと思うけれど、それが現実なんだろうなぁ。
土地を開拓し終えたけれど、家族はバラバラ。
何のために自分の土地を手にしたのか切ない。
ゼレンスキー大統領も、正義を掲げて国を国土を国民を守るための戦争のはずが、蚊帳の外とは、切なすぎる。
映画の醍醐味から、現実世界に引き戻された。
凍てついた心を溶かす純真
18世紀のデンマーク、不毛の荒野(ヒース)が広がるユトランド半島の物語。
アメリカの西部開拓物語は山ほど観てきたが、デンマークの開拓史とは今回初めて出会った。ただ、ハリウッド的な白黒はっきりした勧善懲悪とは趣がかなり異なり、絶望の中にわずかな光を見出し、耐え忍んだ先にようやくほのかな希望を得るのがせいぜい。「不幸でないこと」と「幸福であること」は決して同義ではないが、それでも、多くの人々の人生にとっては、「不幸でないこと」をもってよしとするしかないのも現実だろう。
だからこそ、北欧の厳しい凍てつく冬を乗り越え、春にジャガイモが一つ芽吹き始めると同時に、凍てついたケーレンの心も少し溶かして周りの人々への優しさを見せ始める様を見ている観客たちの心も少し暖まるのだろう。
もちろん物語の主人公はケーレンなのだが、彼を突き動かしているのはアンマイ・ムスの存在だろう。原題である "Bastarden" というデンマーク語の単語は英語の "bastard" に相当する。罵り言葉として使われたりもするが、「私生児」や「雑種(白人と黒人のミックス)」などを意味する語だ。まさにアンマイ・ムスを指したタイトルで、肌の黒い、南方の血が混ざっている遊牧民族出身の彼女は忌み嫌われ、露骨に差別も受けるのだが、真っ直ぐで純粋な心根こそが逆に人々を繋ぐ救いとなっている。
そして、アンマイ・ムスに限らず、身分や性別、人種などによる差別が当然のように横行する時代背景があるにも関わらず、手を携えることで差別を跳ねつけようとする姿が見られることもあったのであろう。あたかも不毛な荒野に果敢に挑み、なんとか収穫を得ようとするかの如く。
羊の解体もお手のものなので、アレをスパッとできるのも納得できてしまう
2024.2.19 字幕 MOVIX京都
2023年のデンマーク&ドイツ&スウェーデン合作の映画(127分、G)
原作はイダ・ジェッセンの小説『Kaptajinen og Ann Barbara』
不毛の地の開拓に命を賭けた退役軍人と奇妙な縁で結ばれる擬似家族を描いたヒューマンドラマ
監督はニコライ・アーセル
脚本はアナス・トマス・イェンセン&ニコライ・アーセル
原題の『Bastarden』は「私生児」、英題の『The Promised Land』は「約束の地」という意味
物語の舞台は、1755年のデンマーク
戦争を終えて役割を解かれた退役軍人のルドヴィ(マッツ・ミケルセン)は、財務省に出向いて、不毛の地の開拓を申し出た
だが、宰相のパウリ(ソレン・メーリング)は無駄だと断罪する
それでも引き下がらないルドヴィは、私財を投げ打って、その事業に取り掛かることになった
デンマークの北部にあるユトランド半島には、ヒースと呼ばれる不毛な土地が広がっていて、国も50年近く開拓を試みるものの、誰もが成し得ていない事業だった
だが、デンマーク王フリゼリク5世の念願でもあり、財務省はルドヴィを派遣することに決めた
ルドヴィは単身その土地に乗り込み、家と倉庫を建てて開拓を始めていく
地元の牧師のアントン(グスタフ・エイン)は協力的で、近くの荘園から逃げた小作人のヨハネス(Morten Hee Anderson)とその妻アン・バーバラ(アマンダ・コリン)を秘密裏に雇わないかと打診する
ルドヴィは二人を雇い、アンには家事係として働いてもらうことになった
だが、ある夜のこと、物音がして倉庫に出向くと、そこには盗みを働くタタール人の少女アンマイ・ムス(メリナ・ハグバーグ、15歳時:Laura Bilgrau Eskild-Jensen)がいた
彼女を捕まえて、集団のところに出向くものの、タタール人を雇うのは犯罪行為だと言われてしまうのである
それでもルドヴィは彼らを雇い入れて、開拓を始めていく
だが、その様子は偵察隊によって、軍裁判官のフレデリック(シモン・べネンビヤーグ)の耳に入ってしまう
さらに、彼の元を逃げ出したヨハネスのこともバレてしまい、ある夜の宴席にして、熱湯炙りの処罰で殺されてしまう
フレデリックの暴挙はそれだけに止まらず、その土地の権利は元からフレデリックのものだったという書類にサインをしろと迫る
ルドヴィは頑なに王の領土だと跳ね返し、それによって、フレデリックの横暴はエスカレートしていくのである
映画は、史実ベースとのことで、ルドヴィもフレデリックも実在の人物とのこと
ルドヴィの方の行方は不明だが、フレデリックが狂人であったことは資料に残されているらしい
ドイツ人入植者やデンマーク人がタタール人を拒むのには色んな理由があると思うが、一番わかりやすいのは宗教なのだと思う
ドイツ人やデンマーク人はキリスト教徒だが、タタール人はムスリムであり、さらに流浪の民としての生活様式にも違いがあった
それだけではない何かがあると思われるが、映画ではそこまでは描かず、不幸を呼ぶ者としての象徴として描かれていた
その後、ルドヴィは家族と目的のどちらを選ぶのかという決断が迫られるものの、彼は後悔の残る判断をしてしまうのである
映画の見どころは、フレデリックの横暴に対抗するシーンで、彼を良く思わない人々が阿吽の呼吸で「計画」を遂行していく様子が描かれている
いとこで一方的に結婚を迫られているエレル(クリスティン・クヤトゥ・ソープ)は、アンの用意したワインをフレデリックに飲ませるし、彼女が中に潜入していることを使用人のリーセ(Nanna Koppel)は黙認し、さらにフレデリックをエレルのいるところまで誘導する役割を担っていた
その直前に使用人のアン(Anna Filippa Hjarne)がフレデリックによって転落死させられていたこともあって、フレデリックの執事のボンドー(Thomas W. Gabrielsson)ですらドン引きしていたりする
そんな中で、フレデリックの狂気だけが突出し、それがアンの復讐へと結びついているのだからすごいことだと思う
ボンドーは財務省にフレデリックの悪事を全て話し、それによってルドヴィは解放されるのだが、それと引き換えにアンが投獄されてしまう
何度も嘆願書を送っても受け入れられず、とうとうコペンハーゲンの職業刑務所へと移送されることが決まった
この時、ルドヴィの功績は王室に認められ、貴族の称号を手に入れることになったのだが、彼はそれらを全て捨てて、ある行動に出た
映画は、そこを詳しくは描かないが、それが却って哀愁を漂わせている気がした
いずれにせよ、かなり重たい話で、良き人も悪しき人も不遇の死を遂げる映画でもあった
動物の殺傷シーンもある(CGらしい)し、なかなか絵作りは強烈なところもあるので、後半はなかなかスプラッターな作りになっている
それでも、前半の鬱屈とした圧政などが不穏さを増長しているので、アンの復讐劇はなかなかスカっとするものがあった
刺してなお足りずからの「アレ」はなかなか強烈で、生きながらえても地獄しか待っていない
ある意味、介錯にも思える部分があるのだが、それを見たエレルの笑顔も秀逸で、その後の執事たちの掌返しもなかなかのものだなあと思った
衝撃熱湯刑、ぶっかけられて死ぬのは嫌だぁ! (@_@;)
日本全国に寒波再到来らしいが、寒い日はお風呂に限る。
ダチョウ倶楽部さんの熱湯風呂入るコント。
押すなよお前ら~・・・絶対に押すなよ の”絶対に”が合図で押して上島さんを熱湯風呂(熱いと思わせたお湯)に落とすのは名コントで有名。
これに属するかどうかだが、熱湯処刑される映画って始めた観ましたよ。
今日はそんな映画「愛を耕すひと」の鑑賞です。
愛を耕す?? たがやす・・・安直的なタイトル (*´ω`*)
畑にイモ植えて最後に認められて男爵の称号を受ける男の話。
落下傘で北朝鮮に舞いお降りたら 愛の不時着・・・みたいなもんでしょうか。
全く内容違いますけどもネw。
原題は ”Bastarden” このクソ野郎!!
18世紀デンマークの史実を元にした話。
貧乏な退役軍人ルドヴィ・ケーレン大尉は、“貴族称号”を懸け、荒野の開拓に名乗りを独りで上げる。
これを気に入らず阻止する地元地主の非情仕打ちと自然脅威に屈せず農作物を植えて収穫しようと頑張る。
開拓に雇った訳アリ使用人夫婦、ある地主から逃亡した過去があったがそれが相手地主にバレて逃亡した夫に刑が下される。熱湯刑だ。
ここの 熱湯を浴びせられる場面、声が本当に凄かった。
しかも1回じゃなく 4回もぶっかけ。
3回目から4回目で呻き声が聴こえず、彼は熱湯で死ぬのである。
全身は真っ赤で重度のやけど。酷い、酷過ぎるの思い。
ケーレン大尉(役:マッツ・ミケルセン氏)がすかさず彼の元へ。
彼を抱えて家路につく。
ここの場面は 本当に心えぐられた想いがしましたわ。
やがて、夫を亡くした妻アン・バーバラと、タタ-ル人の子供アンマイ・ムスと本当の家族の様に暮らす。開拓地で耕しジャガイモ農場として彼は成功を納めるのである。しかし 兼ねてから彼の開拓土地は俺の土地と 難癖をつける地主シンケル。執拗な嫌がらせと 農場労働者家族への嫌がらせで二人の死体が発見。
シンケルの従妹のエレルへの揺れる愛、そして神父のアントン。
彼等を巻き込みながら シンケルへ復讐をしていくケーレン。
果たして この頑固者ケーレン、彼は本当の愛と農場と称号を取り戻すことが出来るのか~ って言う 素晴らしい流れとなってます。
最後まで見て頂くと出てきますが、男爵の称号は放棄して ”愛” を獲るんです。
この男はね。そこが GOOODな所でしょうか。
向こうに海が見えてて、きっとその場所でもう一度やり直すんでしょうかね。
人生を。
不毛な土地に必死に種イモ植えてとか、大事な家畜を殺して娘の病の為に使ったりとか、次から次へと不運が重なりますが 何故か両手は綺麗なんですね。顔も。
実際の農夫は手も顔も真っ黒シミだらけ。指も太いし毛が濃いし、それが現実。
その辺りの細かい表現が ミケルセン氏には欠けてた様には思います。
中々貧乏で地味な生活と、二人の愛に揺れる思いと(ちょっと許せませんが)、子供への愛。最後の誠実さは伝わって来たと感じます。
ご興味ある方は
是非劇場へ。
デ・シンケル
悪役が良いですね。殺られっぷりも最高。デンマーク映画の名作といえば「ペレ」ですが、荒涼とした大地、鉛色の空、そして厳しい寒さ。春が来て、ちょっとだけ青空が覗くとホッとします。あのラストは素敵ですね。海が見えた時に鳥肌が立ちました。それにしても、鞭打ち&熱湯責めは勘弁していただきたい。不謹慎にもダチョウ倶楽部を連想してしまいました・・・
その投げられた棒を拾えたとき。
18世紀デンマーク、貴族の称号をかけヒース(荒野)の開拓に名乗り出た元軍人・ルドヴィ・ケーレンの話。
権力が揺らぐの恐れ荒野開拓の邪魔をする有力者デ・シンケルと、処罰で夫を失ったアン・バーバラと、捨てられ売られそうになる少女・アンマイ・ムスを絡め見せてく。
痔に悩み痔話を封印するオジサンを印象的に魅せ( 個人的)、模索しながらも荒野開拓の耕し、広大な土地にそのやり方で大丈夫?!と思うものの邪魔、金や物で追い出されそうになるけれど釣られず信念がブレず権力に屈しないケーレンの姿が良かった。
そのブレないケーレンの姿よりも、ケーレンとアンマイ・ムスの距離が徐々に縮まってくところが良かったかな。アンマイ・ムスの健気さとか辛いことを経験してるのに笑顔、何か彼女の笑顔が凄く印象的だし見てるだけで涙出てきた。
中盤前後の皆いなくなり残されたケーレン、アン・バーバラ、アンマイ・ムス、アントンの4人で生活をし、じゃがいもの種イモを植え、春になり新芽を見つけ嬉しそうにしてる姿が印象的だった。
デ・シンケルを殺ったアン・バーバラにスカッとしたね!
壮大な映画でした。
素晴らしい出来映え。ストーリーが難しくないけど壮大で静かに感情を揺さぶる内容。
デ・シンケルめっ、何度も殺してやりたくなったし、こいつのお陰で面白くもあった。(笑)
最後は想像はついていたがやっぱりで、ザマーみろ!!
彼女がやってくれるとは思わなかったけど。
ヤギをやる時はやめて〜って思ったし、馬がやられた時も家畜は巻き込まないで〜って、動物を飼ってる者には観たくない場面でした。
結局、主人公は得たのか失ったのか。
最初の目的と掴んだものは変わったね。
でも皆んな幸せになれたのかな。
サクセスストーリーみたいな話しで、そこに権力争いみたいなものもあって非常に面白かった。
ヨーロッパ映画は私は苦手なんですが、この作品は凄く良かったです。
予定に入れてなかった作品ですが、seiyoさんのレビューから急遽参戦しました。有難う御座いました‼️
確かに皆さんの高評価にも大納得でした。
愛に耕された素晴らしき名作‼️
マッツ・ミケルセンが、"開拓の英雄" と呼ばれた18世紀デンマークの退役軍人を熱演した開拓ドラマ‼️シネマスコープの広大な画面に映し出されるデンマークの美しくも壮厳な大自然‼️それに加えて今作はラブ・ストーリーであり、親子愛のドラマであり、リベンジものでもあり、当時の風俗が伺い知れる偉大な歴史映画でもあります‼️主人公の退役軍人ケーレン大尉は貴族の称号を得るため、デンマークの荒れ果てた土地ヒースを開拓するという無謀な挑戦をする事に。厳しい自然の脅威だけではなく、ヒースの所有権を主張する有力者デ・シンケルが様々な妨害工作を仕掛けてくる。そんなケーレンのもとにデ・シンケルの元から逃げ出した使用人の女性アン・バーバラや、家族に見捨てられた少女アンマイ・ムスをはじめとする "愛を知らない者たち" が集まってくる・・・‼️最初はクールな軍人タイプだったケーレンが百姓となり、夫や父になっていく様を見事に演じたマッツ・ミケルセン‼️じゃがいも畑に頬ずりしながら発芽を待っている彼の表情はまるで「エデンの東」のジェームズ・ディーンみたい‼️デ・シンケルに夫を殺された後もケーレンのもとに残り、次第に愛情を深めていくアン・バーバラを、信念と力強さと美しさで体現したアマンダ・コリン‼️亡き夫の遺体に彼女がそっと触れるシーンの哀愁感‼️そしてデ・シンケルにまたがってトドメを刺し、返り血を浴びた彼女はサイコーに美しかった‼️そして素晴らしいカタルシスだった‼️肌の色が違うことで虐げられるアンマイ・ムス役のメリナ・ハグバーグちゃんの演技未経験とは思えない存在感、可愛らしさも必見‼️ケーレンを「小さなパパ」と呼ぶ彼女とケーレンの疑似親子関係は感動的‼️肌の色の違いだけで差別を受けるのは現代にも通じる差別問題の隠喩ですね‼️そんな三人をトリオにしたのも成功の要因で、三人の疑似親子関係が、この過酷な映画の内容にどこか微笑ましさを持たらしてると思います‼️そしてデ・シンケルを演じたシモネ・エンネビヤーグの冷徹で執念深い、見事なモンスター悪役ぶり‼️そしてデ・シンケルの婚約者ながら、ケーレンに惹かれるエレルを演じるクリスティン・クヤトゥ・ソープ‼️脇の扱いではあるんですが、エレルとケーレンのやりとりにも愛がありましたよね‼️そして終盤で三人の親子がバラバラになってしまう‼️入植者たちの要望でムスを手離すことになり、デ・シンケルを殺したアン・バーバラは刑務所行き‼️しかしケーレンはムスを修道院へ迎えに行き、二人での10数年の生活の末、ムスは新たなる家族を作り、ケーレンの元を旅立っていく‼️そしてラスト、貴族の称号を捨ててまでケーレンがやり遂げようとする事‼️それは命の恩人であり、奴隷刑務所へ移送されるアン・バーバラを助け出す事‼️それを決意した食事の席でのケーレンの涙ぐんだ表情‼️ホントにマッツ・ミケルセンは素敵だなぁ、カッコいいです‼️そして助け出したアン・バーバラと二人で馬に乗るケーレンを捉えたラスト・ショット‼️多分二人は追われる立場になり、悲劇が待ち受けてるのかもしれないけど、それを微塵も感じさせない幸福感あふれる二人のラスト・カット‼️貴族の称号を手に入れる事しか考えてなかった男が、愛に耕され、愛を耕した奇跡の瞬間‼️スタッフの皆さん、キャストの皆さん、お見事でした‼️
かなり暗く重苦しい物語だが、感動的な展開もあった。
北欧の不毛の荒野を開拓するだけでも困難をきわめるというのに、冷酷非道な領主の妨害まで入るというのだから、そりゃもう大変なんてもんじゃない。
暗く重苦しい物語で気が滅入る映画だったが、気に入った展開もあった。
1番気に入ったのは、途中から3人が家族になっていく所で、とても良いと思った。
また終盤、ケーレン大尉が貴族の称号と領地を捨て、バーバラと生きる事にした展開も良かった。
最後は2人が馬に乗った海辺の場面で終わって、取りあえずハッピーエンド。
マッツの表情が良い
退役軍人であるルドヴィ・ケーレン大尉が荒野の開拓に名乗りをあげ、有力者の仕打ちに遭いながらも希望を捨てずに立ち向かっていくというストーリーです。
協力を仰ぐためにタタール人に勲章を渡すシーンがありましたが、どれだけの重みがあるものなのでしょうか。そこまでしてケーレンが開拓を進めた理由は貴族の称号だけなのか…考えてしまいました。
明るい方向に向かうと思っていたけれど…違いました。民族を超えて家族同然になれたアンマイ・ムスちゃんはあっさり離れて行ってしまったけれど、幸せになっていることを願います。
鑑賞動機:ただひたすらにマッツ10割
子供の頃に、ユトランド半島の荒地を開拓する話を読んだことがある。マッツのことだったのか!(違います)
寡黙な人物ではあるものの、色々と思うところがあるのは観て取れる。矜持や野望と愛情の狭間で揺れ動くマッツ…。汗まみれ泥まみれついには血まみれのマッツ…。
悪役の小物感が強い割に、作を弄したり懐柔しようとしたり、押し引き緩急つけてくるのやらしいが、それも結局は受け手となるマッツあってこそ。マッツ以外見どころに欠けるのが難点かな。
マッツを称して「北欧の至宝」って言うけれど、全く違うと思う。マッツはさあ…「世界の至宝」でしょ?
【”不撓不屈の男、荒地と愛を開拓する。”今作は北欧の至宝マッツ・ミケルセンの喜怒哀楽を僅かな眼の動きで表現する演技の凄さと、他の俳優達の演技も見応え充分な重厚なデンマーク歴史映画の逸品である。】
■1755年。異国ドイツで大尉にまで昇進したルドヴィ・ケーレン(マッツ・ミケルセン)がデンマークに帰国し、国王の愚かしき取り巻き貴族たちに、荒地(ヒース)開拓を求め、許可される。そして、荒地開拓に成功した暁には、貴族の称号を求めるのである。
独り、荒地開拓をするケーレン。だが、そこに愚かしき領主フレデリック・シンケル(シモン・ベンネミヤーグ)の元から逃げて来た使用人夫婦や、黒い肌をした女の子アンマイ・ムスが集うのである。
◆感想
・一言で言えば、今作は重厚なるデンマーク歴史大作である。ルドヴィ・ケーレンが貧しい出自ながら、愚かしき領主フレデリック・シンケルに対し、卑下する事一切なく対等に会話する姿が、小気味よい。
彼は、偏見や差別に敢然と立ち向かって行くのである。
・器の小さいフレデリック・シンケルを演じるシモン・ベンネミヤーグの、金と地位でなんでもなるという尊大な態度と、それを軽蔑する一応婚約者のエレルを自分のものにしたいという屈託した狂的な姿を演じる様が凄い。ルドヴィ・ケーレンが開拓する国王領をあくまで自分の領地と言い張り、様々な嫌がらせを酒を呷りながら行う猜疑心と嫉妬心に駆られた姿は、胸が悪くなる。が、悪役のキャラが立っている映画は、面白いのである。
- シンケルが逃げ出した使用人夫婦の夫を捕まえ、熱湯を何度も掛けて殺害するシーンや、エレルが自分の意にならない時は、彼女の侍女を窓から突き落とすシーン。ー
・夫を殺された、且つてシンケルに乱暴されていた使用人の妻アン・バーバラ(アマンダ・コリン)が、徐々にルドヴィ・ケーレンに心を開いて行くシーンの流れの描き方も巧い。アンマイ・ムスが病気になった時に、たった一匹の山羊を殺してスープを飲ませるケーレンの姿と、それにより回復したアンマイ・ムスの姿を見たアン・バーバラ。そして、三人は”家族”になるのである。
・ケーレンがドイツから持ち帰ったジャガイモを土の質を調べて畑にした土地に生め、漸く芽が出るシーンは、希望と歓喜の瞬間である。だが、この物語はそれでは終わらない。王に認められ、開拓団がドイツから入居して来るも、執拗なフレデリック・シンケルの嫌がらせは終わらない。彼が雇った囚人たちに、家畜を殺され、それによりやって来た狼により、開拓団の女性二人が亡くなり、開拓団の男達は黒い肌をした女の子アンマイ・ムスを”不吉だ”と言い、放逐を求めるシーン。ケーレンは苦渋の選択をし、囚人たちに復讐を果たすのである。
だが、フレデリック・シンケルの配下の男は再び、やって来て止めようとしたケーレンを常に支えて来た神父アントンを撃ち殺すのである。
ー このシーンでの、アンマイ・ムスが荷車に乗せられて、孤児院に連れていかれるシーンは哀しいが、このシーンが後半に効いてくるのである。
又、神父アントンの毅然とした崇高な姿や、神父アントンの仇を打つケーレンの姿が沁みてしまうのである。-
■アン・バーバラが”もう、戻らない。”というメモを残し、再びシンケルの屋敷で働くシーン。ケーレンが囚人たちに復讐した際に、高貴な者も手に掛けたため、シンケルに捕らえられ鞭打たれ絶対絶命の時に、エレルとアン・バーバラの連係プレイによりシンケルに痺れ薬を入れたワインを飲ませ、アン・バーバラが夫の仇を取るシーンは、実に爽やかであった。だが、アン・バーバラはその為に捕らえられてしまうのである。
そして、ケーレンは孤児院に預けたアンマイ・ムスを”あの時の判断は間違いだった・・。”と詫び、再び迎えるのである。アンマイ・ムスがケーレンの胸に飛びつく様は、沁みる。
■数年後、大きくなったアンマイ・ムスは、修繕の仕事でやって来たジプシーの青年と恋に落ち、ジプシーたちと共に旅立つ。
独りになったケーレンは、何度もアン・バーバラの嘆願書を出すが、全て拒絶されている。そして、彼の元に昔から彼に便宜を図って来た男が、アン・バーバラがコペンハーゲンの過酷な刑務所に移送されることを告げると、ケーレンは漸く手にした国王からの貴族の称号を認める手紙を残し、アン・バーバラを救出し、彼女がずっと行きたがっていた海に、助けた彼女を馬に乗せて行くのである。
<今作は、北欧の至宝マッツ・ミケルセンの喜怒哀楽を僅かな眼の動きだけで表現する凄さと、他の俳優達の演技も見応え充分な、重厚なるデンマーク歴史映画の逸品なのである。>
耕されたのは主人公の心ですね。
寡黙な元軍人の主人公が意地と反骨心で不毛の荒野を耕す話だが、結局、耕されたのはその本人の心だった、ということですかね。
決意を持って復讐を成し遂げるアン・バーバラがカッコいいですね。返り血にまみれる姿はその決意を表しています。
大作で、見応えもあるよい映画です。
現代の目線から見ると主人公の動機に共感ができにくいところが、個人的にはマイナス0.5点です。とはいえ、見て損のない映画であることは確か。
良い作品だったけど結末だけモヤった
結末だけ、本当に結末だけ、主人公の動機が本当に理解できなくてモヤモヤした、、
10数年掛けたであろう野望をようやく叶えた矢先、娘(同然に育てた子)が独立して1人で孤独感に押し込まれたから、やっぱ全てを投げ捨てて自分を助けた恩人のアンを脱獄させるくだり…
なんか動機がそこだけ「1人で寂しいから」に見えて主人公が一気に自己中に見えたんだよね…
なんでこんなモヤモヤしたんだろうって自分の中で整理したくて殴り書きだけど、
1.そもそも命の恩人であるアンを助い出したいのならいつでも出来たのに、タイミングが娘が独り立ちした何年も後。その間アンはずっと投獄さてれていた。
そこは娘を一度送り出したのと同じ理由で、命の恩人を救いたいより、土地開発を優先してただろう。
2.仮に娘が独立しなかったら、アンを助けに行ったのか?
3.アンの釈放を求めた時はまだ農民扱いだから取り扱って貰えなかったけど、貴族になったのならもっと特権を使えたじゃ無いのか。(奴隷にされるタイムリミットはあっただろうけど、話を聞かされるタイミングは娘の独立前だから、そこも彼女が独立して無かったら助けに行ってないのでは)。
4.結局娘にも何も残せないよね…遊牧民?とこの先結婚したとして、貴族の称号があるならもし何かあった時も助けてやれたじゃないのか。娘の人種問題もこの先何かしら打ち当たるのだろうから、そこも貴族として助けてやれたのじゃないか。後娘が帰郷した時に誰も残ってない…
5.物語冒頭よりも更に一文無しになっててこの先アンとどうやっていくの?
6.1を踏まえてだけど、アンを助けたいの理由も見えない。「命の恩人だから」ならもっと早くに助けて、娘と家族同然に3人で暮らす世界もあった。「愛する女だから」にも見えない(貴族の娘にも気があったように読めた)。ただ「1人で寂しいから」にしか行動原理が読めなかった…
ここまでで衝動的な描写もあるけど、行動原理がしっかり読める主人公だったから、ラストだけ急に短絡的で後先何も考えてない感じがした。
1時間20分は良い映画だったのに最後の2分で全部ひっくり返された気分。
やっと手に入れた称号も何の役にも立たず、それにより命を絶たれたアンの元夫の命も報われず…
因みに実話の方は貴族になってその土地で寿命を迎えたらしい。
ただ1時間20分は本当に良い映画だったのよ。
構成も人物描写もとても丁寧で、情景と心情が上手くマッチングした撮り方してるし、各登場人物に移入出来る作りだった。
マッツが短髪でイケメンでHANNIBAL再来並みに人を家畜のように殺めて馬乗りで人をぶん殴って頭をぶたれて跪きで縛られて髪を掴まれて鞭打ちされて地下牢に物のように放り投げられて惨めに泣き叫ぶあたりも置いといて。
期待度◎鑑賞後の満足度◎ 何でも「愛」をつけりゃ良いという邦題の悪しき伝統?実はデンマーク版『修羅雪姫』とでも云いたいアナーキーでハードボイルドな歴史寓話でした。
①邦題とか、予告編とか、原作ありきとか云った先入観を引き摺って、クライマックス直前までは未開の地の開墾に初めて成功した元軍人の御苦労話かと思いきや、クライマックスからラストに至るツイストの効いた展開で、「こりゃ、“必殺仕事人”か“修羅雪姫”かい」とガラリと鑑賞後の印象が変わる或る意味トリッキーな映画。
②マッツ・ミケルセン(ミッツ・マングローブと間違えちゃう)の、ルドヴィという男の内面・喜怒哀楽・正の感情・負の感情をほぼ表情だけで演じ分けてしまう懐の深さ。
さすがデンマーク映画界の至宝と云われるだけはある役者さんではある。
ただ、彼が主役なのは、殆んどサイコパスの領主シンケルにとうとう殺されそうになるところまで。
③このルドヴィとシンケルという二人のキャラクター。両極端の様でもあり或る点では共通している様でもあり。
シンケルを憎らしく思えば思うほどルドヴィに肩入れする、という作劇上の巧みさはもとより、この二人のキャラクターとその背景を通して当時のデンマーク王国の社会構造や特権階級の傲慢さ・階級意識・差別意識等々が炙り出される。
領主のお手付きで私生児として生まれて幼少期から苦労し比較的身分差別の少ない軍隊で何とか社会の階段を25年かけて登ってきたヴィトル。(封建社会や階級社会における権力者のお手付きの話ってホント世界の何処でも、どの時代でもあるね。)
それだけ爵位を貰い貴族になり、自分の土地を持つ領主になることがヴィトルにとっては執念となっている。
そしてそれが、シンケルからの犯罪レベルの数々の妨害にも耐えて開墾し続ける動力となっている。
④他方、シンケルは領主の正式な跡取りという特権的立場に加えて生来の殆んどサイコパスな性格もあり、封建社会の特権階級の旨味を存分に味わいながら、デンマーク王国中枢から遠い土地であるため政府の目がなかなか届かない地理的優位も利用してやりたい放題。
しかし、このシンケル、口先では虚無主義者めいたことを嘯きながら、自分の特権・所有するものを侵されることを何よりも恐れ、それを守るためには殆んど病的と云える執念を見せる。
貴族・爵位・土地、と共通のものを巡って同じような執念を燃やす二人の男達。手に入れようとする、守ろうとする、と違いは有ってもコインの裏と表の様でもある。
⑤また、あくまで国王のご威光をシンケルの横暴に対する盾にし続けるだけのところが、ルドヴィも結局まだ封建社会の枠内に留まっているという限界を示している。
ジャガイモ栽培に成功(普通の偉人伝であれば此処をクライマックスにするところを通過点にして、更に主人公達をサディスティックスにいたぶる流れからして本作が単なる感動的なサクセスストーリーを目指したものではないのが分かる)したご褒美として国王の思し召しで入植してきたにも関わらず、そのドイツ人入植者達を襲って女子供を殺したシンケル一党。
それに報復するためにドイツ人入植者たちに協力を頼むルドヴィ。
しかし、入植者たちから「アンナイムスを他所にやれば協力する」という条件を突きつけられ、アンナバーバラからの「もう家族同然じゃないの」という反対に、「仕方ないないんだ」と受け入れるルドヴィ(後で自分の判断に後悔するけれども)。
それに対して「他にも方法があるわ」と言うアンナバーバラ。
ここでもルドヴィのその時の考えの限界を示すと共に、この台詞とその後アンナバーバラが姿を消すことがクライマックスの伏線となる。
⑥そして不屈の努力にも関わらず、神父まで手にかけるというシンケル一党の奸計にはまり、とうとう死刑に処せられるというところまで追い詰められるルドヴィ。
この時点ではルドヴィの完璧な敗けである。
ところがここで一発逆転が起きる。
それも何もルドヴィが原因ではない。
ルドヴィへの好意はあったにせよ、原動力はアンナバーバラの復讐心であり、失うものがもう何もなかったとは云え、男には破れなかった封建体制、越えられなかっ壁をを軽々とと越えていく女性の何物にも縛られない精神である。ここにこの映画の現代性がある。
しかも本来ならライバル関係にあるエレルとの女性同士の共謀関係がある。(利害一致があるにせよ
つまりルドヴィは女性に助けられるのだ。
エレナの盛った毒(元々はアンナバーバラが盛ったにせよ)に身体の自由が効かなくなったシンケンルに近づくアンナバーバラ。
スカートの後ろに挟んだ長いの庖丁(?)を抜くところなど梶芽衣子が藤純子(緋牡丹お竜)かと思わせる。
そしてシンケルの腹を刺した後、両手を左右に開いて彼の一物(ホント諸悪の根源ですな、この映画に限らず)を切り捨てる姿のカッコ良さ。
ここからこの映画の主役は彼女となる。
⑦この映画で「愛」というものを体現しているのであればそれはアンナバーバラである。
自分の命を科してまで本来成すべきこと(彼女の台詞の真意が明らかになる)を代わりにやってくれたアンナバーバラを助け出したルドヴィは、ここからは主役ではなく彼女の夢であった(本来は非業に死んだ夫と行く筈だった)海辺へと誘う白馬の王子となってエンディングを迎えるのだ。
デンマーク版プロジェクトXの豊饒な物語
待望のマッツ・ミケルセン主演作品でした。個人的に「アナザーラウンド」以来でしたが、またまた素晴らしい演技でした。
日本での題名は「愛を耕すひと」と上品なものですが、デンマーク語の原題「Bastarden」には、「ろくでなし」や「私生児」「非嫡出子」といった意味があるそうです。ルドヴィ・ケーレン(マッツ・ミケルセン)は貴族の私生児として生まれた設定で、原題はその境遇を端的に表しています。英題は「The Promised Land(約束の地)」で、原題・英題・邦題の異なる視点がユニークながらも、いずれも作品の本質を捉えた好題だと感じました。まあ原題を直訳した邦題にしたら、日本では敬遠されそうですが。
物語は18世紀中頃のデンマーク辺境が舞台。国王の許可を得て、不毛の地を開拓するルドヴィ・ケーレンの姿を描きます。史実を基にした小説の映画化で、開拓の苦難はデンマーク版「プロジェクトX」とも言えるかもしれません。
物語を彩るのは、地元領主デ・シンケル(シモン・ベンネビヤーグ)との対立。不毛の地ながらも国王直轄地であるこの地を横取りしようと画策するデ・シンケルに、ケーレンは敢然と立ち向かいます。ミケルセンの姿は、まるで日本映画の“健さん”的なヒーロー像を彷彿とさせました。
恋愛要素も見どころでした。デ・シンケルのところから逃散してケーレンの下で働くことになった小作人夫婦の妻アン・バーバラ(アマンダ・コリン)は、夫をデ・シンケルに惨殺され、その後もケーレンの下で働くうちに彼と結ばれます。一方、デ・シンケルの許嫁エレル(クリスティン・クヤトゥ・ソープ)もケーレンに惹かれ、複雑な三角関係が物語に人間味を添えました。2人が最初に出会った場面では、女同士のバチバチした緊張感にゾクゾクさせられました。
さらに、タタール人の娘アンマイ・ムス(メリナ・ハグバーグ)の存在も重要。ケーレンの下で働くことになったものの、地元住民の偏見や差別にさらされ、一時はケーレンもやむなく手放してしまうことに。それでも再びケーレンのところに戻り、やがて成長し伴侶を見つけます。この辺りは愛娘を嫁に出す父親像として描かれるケーレンでしたが、この出来事が”土”ではなく”愛”を耕すひとになるきっかけとなりました。
そして一番の山場は、デ・シンケルをアン・バーバラとエレルが連係して討ち取るシーン。観客の憎悪を集めた悪役が成敗される瞬間は実に爽快でした。
そんな訳で、史実を基にした緻密な物語構成や、不毛な大地の風景も味わい深く、何よりマッツ・ミケルセンの演技も素晴らしかった本作の評価は、★4.6とします。
仮に最初に邦題を見たなら... 観るのをやめた!
最初はつまらない映画だと...
大切にしたい映画には、いやらしい奴が必要でもって、彼の戦略というか、困難を切り抜けていく処世術の面白さは、"芝居サバキ" の達人、菊島 隆三もびっくり!!!
少女に対してあたかも無下にぞんざいに扱うワンシーンが「ハッ!」として、魂に響かされたり、
とにもかくにも、恥ずかしくて言えなかったけど、この映画ならと...
虚ろになったあたしの脳ミソウニに怒りという刺激と昔に忘れていた "愛" にはバレンタインデーを与えてくださって、ありがとうございました。
ドイツの飢饉を救った瘦せた土地でも力強く成長する栄養価も高いジャガイモちゃん... その素朴さはミケルセン演じるケーレン大尉のように英雄なのかもね!
ウソつきのあたしより一言
「仮に最初に邦題を見たなら... 観るのをやめた!」... なんて、端からウソですから... 何か?
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