「彼は罪悪感に苛まれていたか?」オッペンハイマー オプンチアさんの映画レビュー(感想・評価)
彼は罪悪感に苛まれていたか?
当時を識る人物を親に持つアメリカの友人に聞いた事がある。劇中原爆投下成功のラジオニュースに拍手喝采する人々同様に、その友人の両親も快哉を叫んだそうだ。そして真珠湾奇襲攻撃のリベンジだと報復の正当性を謳う論調が国内に蔓延し罪悪感など微塵も抱くべきではないと人々は噂した。
実際、オッペンハイマーの関心事とは 共産党員の妻のスパイ疑惑、愛人の自殺、仲間の裏切り等等の醜聞から自己保身をはかり“英雄“として居続けることだけだ。戦後、彼がある日本人に涙で謝罪した動画が存在すると言われているが、この映画の中の主人公はその良心の在りようが疑わしい人物として描かれている。我々、日本人が何らかの期待感を抱いてもオッペンハイマーは悔恨の情を見せてはくれない。これはアメリカ人によるアメリカ人の為の映画であり、アカデミー賞狙いが見事はまった例である。
後日、NHKがネバダ州の核実験場から上がるキノコ雲を眺めて楽しむツアー客がラスベガスに集いアトミックボムカクテルなるモノが流行したというドキュメンタリーを放映していた。嗚呼。
自分の論拠は映画ではなく、アメリカ人が見た彼の実像だ。それは、米日独、3ヶ国による開発競争に先んじた時、まるで子供のように雀躍し歓喜した姿。日本を降伏させ、真珠湾攻撃のリベンジを果たした英雄としての誇らしげな顔。また、ライバルの物理学者の水爆開発を貶したこと。悩むフリはしたもののずっと意気軒昂だった。
映画では、いかにも暗い顔をした俳優を使って日本人の国民感情に忖度しているが、実像は明るい表情のインテリで、自伝、インタビュー映像、新聞記事には野心満々の顔がある。罪悪感など、心の裡は誰にもわからない。当然、彼に人間としての良心があった、あるべきと思い込むのは単なる被害者側のエゴにすぎないと思わせられてならないだ。
人間は複雑な存在です。オッペンハイマーが罪悪感がなかったなんてことは有り得ないと思います。映画にも彼の苦しみと、なんで?が描写されていました。どんな社会・歴史の中で自分の能力が使われるのか、それは自分を超えてしまうことをこの映画で知りました