「制御できるのか?破壊神を」オッペンハイマー Tama walkerさんの映画レビュー(感想・評価)
制御できるのか?破壊神を
「マンハッタン計画」を指揮して原爆開発に成功し、アメリカのプロメテウスと呼ばれた科学者、J.ロバート・オッペンハイマーの生涯を描いたアメリカ映画。クリストファー・ノーラン監督作品。
映画のハイライト(そしてオッペンハイマーの人生のハイライトだったのかもしれない)は、最初の原爆実験「トリニティ」である。あの緊迫感と迫力、そしてそこに至る過程の途方もないスケール。砂漠の真ん中に突如、世界最大の実験場をつくり、そこで働く人間たちの町をつくり、新たな神の火をつくりだすという人類史上最大の「プロジェクトX」が、圧倒的リアリティをもって描き出される。質量ともに世界最先端の映画プロダクションでなければ到底不可能であったろう。・・・その観点からすれば、素晴らしい映画だと言うことができる。
しかし、トリニティ成功後、日本への原爆投下を正当化し、落とす場所を選び、実現に向かっていく過程が、見ていて息苦しくなるほどつらい。実際に広島と長崎で起きたことに対し、この映画におけるその描き方に対し、分けようのない怒りと悲しみを感じる。
それだけではない。原爆は他の兵器とは違う。これによって人間は、世界を確実に破滅させることができるようになった。人間のもてる最大限の英知と能力を結集して行きついたゴールは、「世界の破壊者」(オッペンハイマーが引用した『バガヴァット・ギーター』の一節)であったのだ。後戻りはない。これ以上先のゴールもない。破壊の後には何もないからだ。
翻って、登場人物たちはどうしようもない卑小さ、弱さ、愚かさを見せ続ける。人間の本質は変わらない。それが魅力でもあるのだから。
そしてこの世界の存続は、人間が破壊神となった自分自身を制御し続けられるかどうか、の一点にかかっている。
キャストについて:
オッペンハイマーといえば、長身でガリガリに痩せた特徴的な姿が思い浮かぶ。キリアン・マーフィーが周囲の人々よりも背が低いのにはどうしても違和感があった(キャスティングの責任)。一見して「普通じゃない」と思わせるカリスマ性がもう少しほしかった。
マット・デイモンがレスリー・グローヴズを見事にリアルに演じている。
エドワード・テラー(ベニー・サフディ)の造形が素晴らしい。リーダーに何を言われようと周りにどれ程嫌われようと一切気にかけず、常に、絶対に、自分の正しさを疑わない。オッペンハイマーを刺す証言をした後、自分から握手を求める(オッペンハイマーはなぜか拒否せず握手する)。ああ、テラーはきっと、そういう人だったのだろう…。