「音楽好きの人にお薦め。」ふたりのマエストロ 詠み人知らずさんの映画レビュー(感想・評価)
音楽好きの人にお薦め。
この頃、ストーリーがやや深みに欠けるフランス映画の公開が続いている。世間の評判は必ずしも悪くないが(パリタクシー、テノール!人生はハーモニーなど)この映画もそうした一本。テロや暴動が続いてきたパリでは、来年オリンピックが予定されていることと関連するのだろうか。
それなのに、なぜ感想を述べるのか。偏に私たちの誇り、小澤征爾さんへのオマージュが感じられるから。あのスカラ座でのブーイングは、パバロッティのアリアと合わなかった時のことか。小澤さんは、ウィーン国立歌劇場のトップに就かれた折にも、ニューイヤーコンサートが話題になったけれど、ご苦労も並大抵ではなかったのでは。それにかも拘わらず、コラボレーションとして、この映画に名を連ねている。何というクラシック音楽への献身。
それでは、ストーリーのどこに不満が。
冒頭から指揮者のドゥニの周囲には、美しい女性が3人も出てくる。元妻で現マネージャーのジャンヌ、恋人で難聴のヴァイオリン奏者、ヴィルジニ。ひときわ美しいスカラ座のコンサ―ト・ミストレス候補者のレベッカ。ドゥニは、この3人に、全くフラットに接する。いくらヨーロッパ社会とは言え。でも、それは許せる。最初は、なかなか3人の顔の区別もつかなかったが。
問題は、ドゥニと同じ指揮者で父親のフランソワとの相克。いくら同業者が家庭内にいて、様々な事情があったとは言え、本人に行くべきオファーが間違って父親にあった時、なぜ解決できないのか。逡巡が目立ちすぎ。まるで、エリック・ロメールの青春映画の一場面みたいで情けない。
ドゥニの母に扮するミュウ=ミュウは、眼光も鋭く名優の貫禄十分。背景はさもありなん、でも活躍する場面がほとんどなかった。
ドゥニの息子マチューは優しいのは判るけど、一体、何をしたいの?調理師希望って、本当なの?試験(バカロレア?)の準備も、ピアノの練習もじゃあね。
それでも楽しめるのは、音楽が流れるところ。音楽は3種類に分かれる。
一つは、オーケストラのコンサートに出てくるような傑作。「フィガロの結婚」序曲、ベートーベンの交響曲第9番(第2楽章)、モーツアルトのヴァイオリン協奏曲第5番など。
二つ目に、クラシック・ファンなら誰でも知っているが、小品ゆえに名曲コンサート、TVの名曲アルバム、著名な歌手や演奏家のアルバムに出てくる曲たち。ドヴォルザークの「母が教えてくれた歌」、ラフマニノフの「ヴォカリ-ズ」など。
三つめが知る人ぞ知る名曲。ブラームスの作品76,8つのピアノ小品から第7番の間奏曲。グレン・グールド(映画の中でも出てきた)の名盤ブラームスの「間奏曲集」の中の一曲でもある。特に、ドゥニとマチューが右手部分と左手部分を二人で分担して弾くところ。ヨーロッパでは、如何に音楽が根付いているかわかる。それから、モーツアルトの宗教音楽ヴェスペレスに含まれる「ラウターデ・ドミヌム」、女性歌手(ジェシー・ノーマンを小柄にしたような)と室内楽で演奏される。ちょうどヴィルジニの生硬な演奏(そういう演出だろうけど)の直後だけに、心に染みた。
そう言えば、最後の場面も、征爾さんとズビン・メータの来日時のコンサートの逸話からヒントを得たのかも。
ストーリーはともかくとして、音楽が好きな人には、お薦め。