「悲しき復讐者」復讐の記憶 レントさんの映画レビュー(感想・評価)
悲しき復讐者
それはあまりに悲しい復讐劇だった。
植民地支配された国はもはや国としての主権を失い、支配者から搾取され蹂躙されるのを甘んじるしかなかった。そんな状況下でもその国の人々は生き抜かねばならない。ある者は抵抗運動にその身を捧げ、ある者は生き抜くためにあえてその支配に甘んじる。
抗日として生きるか、親日として生きるか、当時の人々は選択を迫られた。どちらを選ぶにせよそれは生き抜くための苦渋の選択であった。
やがて支配者は戦争に敗れ、国はその支配から解放されるが当時支配者におもねた人間は裏切り者として糾弾される。
しかし支配者におもねるどころか、その支配を利用して同胞を陥れ、蹂躙した者たちがいた。
主人公はそんな彼らをどうしても許すことはできなかった。両親を死に至らしめ、兄や姉を死に至らしめた人間たちを。
彼にも愛する伴侶がいて、子も授かり家庭も築いた。一度は封印したはずだった復讐。しかし年を取り、子も巣立ちそして愛する妻にも先立たれ自身も認知症と脳腫瘍に侵され余命いくばくもない今、このままでは死ねない、かつて封印した復讐心がよみがえる。認知症で記憶が失われる中でかつて封印した復讐心だけが逆にめらめらと甦ったのだった。
復讐するには今しかなかった。病でこの身が朽ち果てる前にどうしても。復讐の相手は五人。その中で五人目の標的だけは必ず最後に殺さなくてはならない。そうでなければこの復讐は完遂しないのだ。
父を裏切り、その土地を奪った人間。兄を強制徴用で死なせた人間、姉をだまし慰み者にした人間。彼は老いた体に鞭打ちながらも着実に復讐を遂げていく。そして、自国を裏切り多くの同胞を戦場に送り死に至らしめた人間を殺した後、最後に殺すべき相手に彼はようやくたどり着く。
母国を捨て、名も捨て、言葉も捨てさり姉を絶望の底に落とし自死に至らしめた憎むべき男。その名は清原。やつこそ彼の最後の標的だった。
彼は清原の刻印がされた関東軍の銃で犯行を重ねた。なぜ憎むべき復讐の相手の名が刻印された銃を彼が所持していたのか。清原、それは彼自身だった。
当時の彼は生きるために母国を捨て、名を捨て、言葉を捨てて残された唯一の家族である姉をも捨てたのだ。そんな人間を彼はけして許せなかった。このままやつを病で死なすわけには行かない、この手で殺さなければ。彼は自分のこめかみに銃口を向ける。
しかしその時彼の若き友人が叫ぶ。罪を犯した人間たちが法の裁きを受けずに卑怯者としてのうのうと生き続けていることが許せないのなら、今こそ法の裁きを受けさせるべきだと。あなたは法の裁きを受けるべきだと。法の裁きを受けずに死に逃げるあなたこそ卑怯者だと。その言葉に彼は返す言葉もなかった。彼は手にした銃を足元に落とす。
収監された彼に面会に来た若き友人。もはや認知症と脳腫瘍が進行し自分のこともわからないようだ。しかし彼の表情は穏やかだった。彼はようやく解放されたのかもしれない、復讐の記憶から。
不幸な歴史の渦に巻き込まれ、その歴史が遠く過ぎ去ってもそれを自ら体験した人間は死ぬまでそのことが頭から離れることはない。悲しみや憎しみの記憶はけして消え去ることはないのだ。ただその心の傷が少しでも癒されるよう加害者側は誠意をもって接するしかないのだろう。