「70年代前半、西ドイツの都会ある雨の夜。 初老の掃除婦エミ(ブリギ...」不安は魂を食いつくす りゃんひささんの映画レビュー(感想・評価)
70年代前半、西ドイツの都会ある雨の夜。 初老の掃除婦エミ(ブリギ...
70年代前半、西ドイツの都会ある雨の夜。
初老の掃除婦エミ(ブリギッテ・ミラ)が雨宿りのために職場近くの移民労働者が集う酒場にやって来る。
明らかに場違いな様子。
だが、カウンターで屯していたひとりのモロッコからの移民労働者・アリ(エル・ヘディ・ベン・サレム)からダンスの誘いを受ける。
アリは仲間から暗に圧をかけられたような恰好なのだが、ダンスの最中に、移民労働者に対す卑賤視がなく、心を開いてくれているように感じた。
彼女が頼んだ1本のコーラの代金を払い、雨の中、彼女を送っていくと申し出、寄る辺なきもの同士の一夜は、意外にも男女の関係へと発展、その後、エミの部屋の家主から同居人を置くことは認めずという達しの際、アリと結婚すると言ってしまう・・・
といったところからはじまる内容で、いまから50年ほど前のハナシだが、SDGs、グローバル化の昨今における移民問題と裏返しのナショナリズム、そんな中での個人の幸せに焦点を当てた本作、先見の明があるというか、世は変わらずというか。
「幸福が楽しいとは限らない」と冒頭の字幕で出る。
エミとアリ、どちらも寄る辺ない者。
互いにその孤独感を共有し、排他的な世間に対抗することで幸せを保っていた。
が、その寄り添う感じは少しずつ壊れる。
責められるのは、過去の価値観を有している世代に属してる(と世間から思われている)エミの方。
あんな移民・・・ 汚らしい・・・ よっぽどの好色なのね・・・と陰口をたたかれ、職場からも近隣(個人営業の食料品店に代表されているが)からも拒絶され、孤独感が募っていく。
こういうあたりをファスビンダー監督は、最小限の描写で綴っていきます。
テレビ的というでもなし、演劇的というでもなし。
やはり、映画的な簡潔演出なのだろう。
もしふたりきりで過ごせる世があるなら・・・とエミは考え、アリとふたりで小旅行に出ているうちに、世情は一変してしまう。
これまでエミへの風当たりを強くしていた人々が、環境の変化で困窮することで、手の平を返したように、エミとアリに優しくなる(それは表面的かもしれないのだが)。
そんな周囲の優しさが毒になったともいうべく、エミとアリの関係は冷めていく。
アリにとっては、やはりドイツは異郷の地。
エミにとっては、生まれ育った地。先夫はポーランド人といえども、である。
ドイツの先住主流社会の偏見・バイアスは、エミからアリに発せられ、アリはその毒を感じ、結果、なじみの酒場の女主、同郷の若い女(といっても店主なので、そこまで若くない)とヨリを戻してしまう。
崩壊ぎりぎりのエミとアリだが、もう崩れようとする寸前、関係が無に消えようかという寸前、ふたりの関係は、ふたたび「寄る辺なき者が寄せるところ」となる。
あぁ、ちょっと落涙した。
なんだかわからないが。
幸福が楽しいとは限らないが、たぶん美しい。
この映画もまた傑作だった。
ファスビンダー、恐るべし。