「地獄の社会科見学」哀れなるものたち ipxqiさんの映画レビュー(感想・評価)
地獄の社会科見学
なんで観に行った…?
考えてみると、私の興味を引かれない要素ばかり。
ゴシック、露悪的なエロ、「赤ちゃんの無垢」が価値を相対化する…ランティモスの監督作じゃなかったら選ばない要素のてんこ盛り。
でも、観てよかったとは思った。
フェミニズム的な切り口としてはそこまでエッジが効いてるわけではなかったけど、巷では謎のヒットを記録してるという。
振り返ってみて、まず脚本がすごいスムーズだったなあと思う。
この手のコスプレものにありがちな退屈な間がなくて、ポンポンとテンポ良く場面が展開する。
YouTubeでダンスシーンの動画を見返したけど、ダンスが終わるや否や、次の乱闘パートのきっかけが発生してる。たぶん終始こんな調子だったから、全体的にスピード感があったんだと思う。
ダンスシーンでいえば、あれは2人の関係性をまんま集約した場面だと思うので、見事な場面ではあるけど、同じことを二重に語ってるなとも思う。
しかしソシアルダンスって洗練されたセックスのメタファーに見えるので、原始的な衝動に従ってマナーもへったくれもないエマ・ストーンが圧倒するってのはあり得ない気もするけど。
男がリードして女を踊らせるのが本来のマナーで、その力関係が逆転するって意味で作品の流れには矛盾しないんだけど。
原始的なパワーが硬直化したシステムにカウンターを食らわせる、って大抵は退屈になりがちなネタだと思うんだけど、なんだかんだ最後まで楽しめてしまったので、そこは謎の手腕と言わざるを得ない。
ウィレム・デフォーの役がおいしい。特殊メイクが似合いすぎ。
本来ならとても悲惨なことばかりなのに、どうにもその感じがないっていうクールさ。
基本は地獄めぐりのように、外の世界を物見遊山してるだけだからかも。
一方でベラが直視する「現実の実相」も、あくまで安全な場所から覗き見ただけで、実際に巻き込まれて身動きできなくなるわけじゃない。
その後、所属する西洋社会の最底辺に落ちたかに見えても、持ち前の美貌と知性で軽く乗り切ってしまう。
自分は実験体と言い切って我が身を嘆いたり憐れんだりすることがないから、こんなにカラッととしているんだろうな。これは男のためのミサンドリー映画であって、ベラはそれを成立させるためだけのスーパーヒロイン。
人造人間だから、原罪である恥の概念もないっていうね。でもそれ「哀れなるもの」じゃなくない?
そういう意味で前作「女王陛下」で汗をかきまくった人間味あふれる女たちの方がまだ応援したくなったのは当然かも知れない。
豪華な動く絵本のようなビジュアルや、絶妙に耳障りな音楽など、劇場で観てよかったなとは思う。
ただ、知らずに予告を見た知人は「知的障害の人かと思った」と。確かに前情報なしでベラを見たらそう思ってしまうのもわかる。
精神の発達が肉体より著しく遅れてる、ってつまりベラの状況そのもの。
だとしたら、こんなに無責任に楽しんでていいんだろうか?製作陣はそこまで織り込み済みかも知れないが、観客の側はそうでもないんでは。