「監督の覚悟と母への想いが詰まった真摯な作品」インスペクション ここで生きる yookieさんの映画レビュー(感想・評価)
監督の覚悟と母への想いが詰まった真摯な作品
ゲイであることで母に捨てられ、ホームレスになった青年 フレンチが、生きる場所を求め海兵隊に志願する話。
時代は2000年初頭。当時はまだ兵士が同性愛者であると公言することは禁じられていたらしい。訓練初日、教官はフレンチに問う。「お前は同性愛者か?」フレンチは大声で否定する「違います!」と。そこから3か月間、過酷さで有名な海兵隊の訓練、教官らの罵詈雑言交えたしごき、訓練生からのいじめと、目を背けたくなるようなシーンが続く。観客の方が逃げ出したくなるような状況でもフレンチは耐え続ける。何故そこまでして海兵隊に居続けるのか…。その答えとなる、ひとりの教官に彼が漏らす言葉が重たく響く。「母に追い出され16歳から一人で生きてきた。仲間は皆、自殺したか牢屋にぶちこまれ、外の社会に居ても人知れず死ぬだけ。でも軍服姿で命を落とせば、誰かの英雄になれるかもしれない。」それほど、黒人でありゲイであるという圧倒的マイノリティの彼が生きる場所がないのだという、アメリカ社会の現実を垣間見る瞬間だ。黒人のクイアが自殺する割合は白人の2倍、ホームレスになる割合は8倍に上るという…。 そんな現実社会において、米軍隊は一般社会で差別されるマイノリティにとって特別な場所であるといい、黒人に限らず性的マイノリティを抱える人々の最大の雇用先でもあるらしい。映画の中でも訓練兵らの多くが、何等かの理由で社会から外れた者同士として描かれており、厳しい訓練を経て、フレンチの忍耐強さを知り、上官にも認められ、徐々に仲間になっていく姿が描かれる。卒業式(入隊式という方が正しいのだろうか?)でみせる成長した兵士たちの顔つきは、あまりにも尊かった。
フレンチの母も卒業式にやってくる。成長した息子の姿に、母は微笑み労いの言葉をかける。我々観客も初めてみる笑顔だ。ああ、良かった…と、単純なハッピーエンドで終わらないのがこの作品だ。敬虔なクリスチャンであるフレンチの母は、息子がゲイであることを最後まで受け入れることができなかった。彼女は、海兵隊の訓練によって息子がストレートに矯正されたと信じており、それを否定するフレンチに激怒するのである。彼女は涙を流しながら吐露する。「あんたを16歳で産んだ。捨てても良かった。でも出来なかった。」彼女もまた、受難の道を選んだ人なのだと知る。黒人のシングルマザーとして差別や苦難に遭ってきたからこそ、息子が同じ道を進むことが許せないのだろう。奇しくも自分が生を授けた歳になった息子を捨てたのである。そう言われても「僕は母さんを諦めない」と伝えるフレンチは、海兵隊で居場所を作り、自らのアイデンティティも母のアイデンティティも認められる、強さ…というよりも優しさを確かなものにしたように見えた。
自分のアイデンティティを証明するため、文字通り決死の覚悟で自分の居場所を確立していくフレンチの、行動の根源となる計り知れない社会での生きづらさと、母との悲しき関係性に思い巡らせてしまう作品だった。自身の半生に基づくこの壮絶な物語を、美談に終わらせなかった真摯な結末に、監督の覚悟と、たった一人の肉親である母への想いが詰まっていた。