劇場公開日 2024年5月17日

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「絞られた焦点」湖の女たち R41さんの映画レビュー(感想・評価)

4.5 絞られた焦点

2025年9月20日
PCから投稿
鑑賞方法:VOD

湖の女たち

2024年の作品
そして非常に象徴的な作品
その象徴とは、狂っている現代社会であり、それはまさに戦時中の人々の「認識」に近いということだろう。
つまりこの作品は、象徴的な物語を通して視聴者に警告している。
「軍靴の音が聞こえる」と。
戦場に行くのは男で、女はそれを見守りながらこの世界がどうなってしまうのかを案じている。
人工呼吸器 誰かが故意に止めた。
そして死んだ市島。
市島の妻は、記者池田に対し、誰にも言うつもりはなかったと前置きしながら、当時見たことを告白した。
それは戦時下での子どもたちの思考であり、認識であり、「正しさ」だった。
「怪しい」という勝手な思い込みによって捕まえた二人の男女を、「取り調べ」渡渉して服を脱がせ凍死させた。
戦争というのは確かに人を狂わせる。
しかし、今の日本社会は「平和」なのだろうか?
浜中刑事の先輩 伊佐美刑事
彼は当時MMO事件と呼ばれる薬害事件を捜査していたが、誰一人立件することなく打ち切られた。
当時の厚生労働大臣 錦田
そして日本軍731部隊と人体実験
薬害事件は50人以上の死亡者を出した。
その理由が「人体実験」という荒々しい「仮説」
これはあくまで物語上であり、記者たちが思った仮説だったが、現代社会はそこまで狂ってしまっているということだろう。
伊佐美は捜査打ち切りというトップの意向に対し、自殺する直前まで悶え苦しんだ。
彼は自分自身を殺し、狂い始めたのだろう。
トップの意向に沿った捜査しかしなくなり、犯人を仕立て上げるまでに落ちた。
浜中刑事は若く有望だったが、この狂った先輩のもとで、次第におかしくなったのだろう。
上司先輩という日本社会の構造は、直接部下に影響を与える。
ハマナカは自分の意見があったものの、伊佐美の圧力に屈しながら、松本を犯人だと決めつけて取り調べを続けた。
浜中の奇行は、カヨとの出会いによって顕著になった。
その出会いは事件と聞き取り捜査ではなく、冒頭のシーンだった。
浜中はカヨの自慰行為を見ていた。
彼には取り調べよりも、カヨ自身に興味を持ったのだろう。
それは「他人の弱みを握った」という優越感だったのかもしれない。
その弱みに付け込むことが、浜中の日頃の鬱憤を晴らすことへつながってゆく。
「腐ったミカンの隣のみかん」という構図
そしてやはりカヨ
彼女は弱みを握られたが、実際にはそれを望んでいたのだろう。
カヨは浜中に支配しれながら、「自己紹介」をさせられるが、その中で表面上の本心を吐露する。
その言葉は 「命令してほしい」 「私を見てほしい」 「ここにいていいですか?」のようなことだが、カヨはその根源を語る。
それは、「父」 明確には描かれないものの、それはおそらく父による性的虐待
つまり、「母性の強制」と「性的役割」によって、カヨの心は歪んでしまったのだろう。
このカヨの心の根幹を、見えないながらも浜中は察知したのかもしれない。
彼は先輩上司の圧力の鬱憤を、カヨを支配することで晴らそうとしながら、同時にカヨに共感していったように思えた。
その浜中の心境はかなり複雑で、家庭の中では父親を演じながら役所では先輩上司の圧力に耐え、その鬱憤をカヨを支配することで晴らしていた。
しかし、カヨとは自分自身ではないかと思い始めたのだろう。
カヨは出頭して「私がやりました」といった。
これは非常に重大なことで、もしその線で取り調べが開始されれば、当然浜中の話も出てくる。
湖に小舟を浮かべ、カヨに手錠して「飛び込め」と命令する。
すでに支配されていたカヨは飛び込んだ。
それを助ける浜中
「なぜ死なせてくれないの」と叫ぶカヨ
おそらく浜中は、カヨに命令し飛び込ませたことで「支配されてきた自分自身」を殺し、カヨを助けることで、本来の自分自身を取り戻すことができたのだろう。
さて、
ミステリかと思われたこの物語
実際にミステリ要素はかなり多いが、事件は解決しない。
731部隊の士業 戦争という士業 数多起きた戦争の原因も解決などしたことはない。
市島の妻の告白と「それ以来、長い人生の中で美しいと思ったものを見たことがない」という言葉
これはこの作品の核心部分で、「黙秘」によって事実が失われ、同時にその心の澱が美しいものでもそうは見えない目になってしまったことを意味する。
「世界は美しくないのですか?」
この言葉は、多義的だ。
そして、心にフィルターがかかった人物には、世界を美しく見ることはできないのだろう。
伊佐美の心にかかってしまったフィルター
彼は池田記者が防犯カメラをチェックしてという依頼を受けたが、フィルターの所為で見ているにも関わらず「見ていない」事がわかる。
フィルターを外さない限り、「美しいもの」は永遠に見えない。
この物語は、殺人事件をモチーフに現代社会へ警鐘を鳴らしている。
その異常さは、すでに戦時中のようになっているのかもしれない。
最後に、失職したが自分を取り戻した浜中は、真犯人の目星をつけたのだろう。
カヨも、狂った思考を持った服部の孫娘「ミワ」の頬を打つ。
かつて美しい湖を見た市島の妻
いま朝日に染まる湖を見ている池田 カヨ 浜中
そして作品は問いかける。
「今の子供達の思考、認識は、本当の大丈夫なのか?」
その子どもたちの親が狂った世界に生きていて、その影響を受けた子どもたちが新しい日本を築いていく。
今この世界が歯止めが効かなくなりつつある現代であることに気づけと、この作品は伝えている。
余白を削って全体像がわかるようにした物語は、「核心」に焦点を絞り込みたかったからだろう。
わかりやすさと難しさが同居した物語だった。

R41
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