「寡黙な男に魅せられる映画」PERFECT DAYS osincoさんの映画レビュー(感想・評価)
寡黙な男に魅せられる映画
東京下町の渋いアパート。メゾネット。
役所広司さん演じる主人公平山の日常をただただ丁寧に綴った作品。
一見、同じように見える毎日が決して単調ではなく、観ていて飽きることがありません。無駄のないルーティンは小気味よく、美しく描かれています。そして、自分がこんなに大切に時間を過ごせていないことにハッとさせられます。
こういう、言葉少なで実直な人には本当に弱い…。
「発信」が重要視される時代において、不言実行を貫く人は心から尊敬します。
平山の日常を彩るディテールが印象的でした。
• 部屋の緑を愛で、水をあげる姿
• 古本屋好き、並べられたたくさんの本
• 仕事道具のツナギ
• 玄関にまとめられた小物たち
• そこかしこに几帳面さが
軽自動車で仕事現場の渋谷へ向かい、流れるのはカセットテープのBGM。どれもレコード屋で高値がつく名曲ばかりで、実際に音楽の選曲が絶妙。
渋谷の公衆トイレを丁寧に磨き上げる姿や、休憩中に木漏れ日を写真に収めるシーンの静けさ。彼の行きつけの場所たちも魅力的でした。
• 浅草駅地下の焼きそば屋
• 銭湯
• 小料理屋(女将役が石川さゆりさん!)
• コインランドリー
• 写真屋さん
緑を愛でる姿は、研究者だったのでは?と思わせるほど。ただ者ではない。実家が裕福だったことや親との確執を感じさせるシーンも見られました。
部屋の掃除の仕方もグッときて。
濡らした新聞紙を撒いて箒で掃く、このアイディアは役所さんの提案とのこと。彼のおばあさまがしていた方法だそうです。実は私もこの方法をよくしているので、ニヤニヤしてしまいました。
ビム・ヴェンダース監督の目線がとても日本的です。
主人公と子供が手を繋いで現れたときの親の嫌悪の表情や、「◯×」のくだりなど、「お約束」とも言えるシーンも、違和感がなく馴染んでいました。
映画を観ながら、思い出が次々と走馬灯のように蘇ってきました。平山の姿に、かつてお世話になった人生の先輩が重なったからです。
• 古本好きでいつも片手に本を持っていた
• ボタンダウンのサーマルシャツが似合う
• 下町をホームにして几帳面で優しい
• 怒る時は怒る
浅草や隅田川の界隈、銭湯、焼きそば屋にも一緒に行きましたし、カラオケでは石川さゆりさんをリクエストしてくれました。
20年前、下北沢によく通っていた頃も思い出しました。同僚が下北沢のレコード屋で働いていて、厳しい店長のもと泣きながら店番をしていたという話がよぎりました。
また、錦糸町に住む親友とスカイツリーの成長を見に夜の街を自転車で走ったこともありました。
「THE TOKYO TOILET」プロジェクトには伊東豊雄さんや隈研吾さんといった名だたる建築士たちが関わっているとのこと。美大を休学していることを思い出し、少しプレッシャー。。
映画を観終わったあと、思わず先輩に電話をしてしまいました。
先輩は体調が優れない中でも、優しく、楽しそうに話を聞いてくれました。次に会えるときはあるのでしょうか…。
気丈で、自分の弱った姿を見せず、情に厚く多くのことを教えてくれた先輩。
役所さんの笑顔と泣き顔が入り混じった表情が脳裏に浮かび、自分の無力さを感じて涙が出そう。
映画とは不思議なものです。なぜか今の自分にぴったりの作品に出会うことが多い。そして、映画館で観る作品は特にそう感じます。
今回も突発的に観に行きましたが、本当に良い時間を過ごせました。