「美と食と愛を嗜んで」ポトフ 美食家と料理人 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
美と食と愛を嗜んで
グルメ映画は数あれど、これは至高の美食映画だ。全ての工程が美しい。
まず特筆すべきは、長回し多用の調理シーン。本物のプロのようなジュリエット・ビノシュの手際の良さに魅せられる。
そこに奏でられるのは、音楽ではなく、音のみ。食材を切る音、煮る音、沸騰する音、包丁と台が出す音さえ心地よい。
そうして作り出された見た事もない独創性溢れる料理の数々…。食べた事もないのに、その味が伝わってくる。
映像美、美術や衣装、外から聞こえる小鳥のさえずりや雰囲気までがこの料理の一つ。
料理は時に芸術だ。料理人は詩人だ。食で謳う。
トラン・アン・ユン監督は名料理人。創り出し、提供する美食の数々に終始舌鼓。
紡がれるは、食で繋がれた愛。
美食家ドダンと料理人ウージェニー。
ドダンが閃いた料理の数々を、ウージェニーが作る。
二人の作り出す料理を求めて、多くの美食家が訪れる。
その評判はヨーロッパ中に。皇室からも晩餐会のオファー。
ドダンはその晩餐会に豪華な料理でなく、フランスの家庭料理の一つであるシンプルなポトフを提供する事を提案。
その矢先、ウージェニーが倒れてしまう…。
ドダンとウージェニーは公私共にパートナー。
そして男と女。
お互い惹かれ合ってはいるが、結婚はしていない。
自立心あるウージェニーはドダンのプロポーズを断り続けている。
ウージェニーが倒れ…。ドダンは彼女の為に料理を作る。
食のプロ同士。愛を伝えるのに言葉は要らない。その想いを形にして心を満たす。何と素敵だ。
想いに応え、遂に結婚。美味しい料理、友人知人、祝福に包まれ、大きな仕事も。
料理は甘美なだけじゃない。酸味、辛味、苦味も。それらがさらに旨味を引き出す。
人生もそうだ。幸せだけじゃない。
突然の悲劇。永遠の別れ。
悲しみ、苦しみもあって。人生を深くする。
自暴自棄にもなる。人生を捧げてきた料理にも手が付かなくなる。
そこからまた新たな美食を作り出す。
ある美食家が一人の料理人に捧げた食と美と愛。ブノワ・マジメルが体現。
アシスタントのヴィオレット、料理の才がある姪のポーリーヌもスパイス。
ポーリーヌの才の為に尽力。
美食家の務めであり、愛した味を残す為に。
人から人へ、舌から舌へ、心に受け継がれていく。
ラストシーンは在りし日の二人。
あなたにとって私は料理人? 妻?
料理人だ。
そう応えた中に、その言葉以上のどれほどの美と食、愛が込められているか。
嗜み、味わい、満たされる。