「良くできたサスペンスドラマ!」落下の解剖学 ターコイズさんの映画レビュー(感想・評価)
良くできたサスペンスドラマ!
描きたいのは事件の真相ではなくて、真相はある程度明示されているもののその真相≒事実を各自はどこまでいっても触れることができないという事実だと思う。それは結局、事件だけの話ではなくて、相手の本音についてもそうだ。いくら家族でも語り合っても議論しあっても本音≒事実に触れられるとは限らない。夫の苦しみに妻は冷淡だし、妻の指摘を夫は拒絶する。家族だからといって常に寄り添えるとは限らないし、理解できるどころか、利害関係が最も対立する相手にすらなりうる。
事件のほうはといえば、息子がどれだけ真実に迫ろうとしていたかは愛犬への行為ではっきりわかる。そして、ラストのあの犬が寄り添う先が示すのは、この作品で間違いなく無辜の存在であることからして、サンドラも手は下してないのだと思う。真相としては、夫の激昂、復讐、俺がこんな死に方をしたら困るだろうという行為だと考えるのが妥当だと思う。
諍う夫婦、そしてその片方の変死という比較的よくあるテーマでもこの作品が新鮮さを感じさせるのは、夫の怒りが一昔前なら顧みられないよくある妻の嘆きと似ていることかもしれない。不貞も、バイセクシャルも男の特権ではないという男女逆転的構図。そして、ザンドラ・ヒュラー演じるサンドラが、ありきたりなファム・ファタルでもなく煙に巻こうとするわざとらしさもなく、淡々としていてそこがよりこの作品を複雑なものに感じさせていると思う。
ラストシーンの息子と母は、判決がどうであろうとそれはあくまで法的処分でしかなく、彼らはこれから疑念と悔恨とわだかまりを抱いて生きていくことを示しているように思えた。そういう後味の悪さが、この作品で最もサスペンスフルだと思った。