劇場公開日 2024年2月23日

「犬は一応無事です」落下の解剖学 うぐいすさんの映画レビュー(感想・評価)

4.5犬は一応無事です

2024年2月28日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

夫殺しの容疑で起訴された妻の裁判を通して、夫婦と親子・家族の実情が詳らかにされるストーリー。
自分は事前の作品紹介からサスペンスやミステリーのような印象を受けており、そのジャンルの映画がカンヌで評価されるのを意外に思っていたのだが、実際に作品を観て納得がいった。本作はサスペンスでもミステリーでもない法廷劇で、ほぼ自宅と法廷における会話のみで構成された骨太の作品であった。

まともな物証がないため、裁判の決め手は陪審や裁判官の心証となる。それで現代の公判が維持できるのかは置いておくとして、法廷では、私小説的な作品で有名な女性作家が夫の故郷の静かな山林でスローライフを送っている、というイメージの下にあった実体を下世話な程に暴き立てていく。

事件の真実ではなく私的な暗部を暴かれる脅威とその先にある境地を作品のメインに据え、その物語を会話だけで進めてみせた脚本の力は見事である。登場人物の恐れや不安を疑似体験させるような、地味に不快感を煽る演出が続くのも挑戦的だった。
じっとりとした緊張が続く快適とは言い難い時間なのに、最期まで目を離せない不思議な2時間半だった。

ラストを迎えた時、妻の帰る場所であろうとし続けた夫も、息子との時間のために様々なものを投げうった父も、もうどこにもいないのだと思うとやるせない気持ちになった。
この一家にも壁の写真に納められているような笑顔の時間は確かに存在したのだろう。家族三人が揃って映った写真が無いのは、ただの核家族の事情なのか、それともこの結末を暗示していたのだろうか。

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うぐいす