ナチスに仕掛けたチェスゲームのレビュー・感想・評価
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オーストリア併合前夜 のんきな上流階級
ナチスによるオーストリア併合前夜の緊迫したウィーンの様子から物語が始まる。
労働者階級や若者はヒットラーに共鳴して併合を後押しする活動をしている。それに引き換え、主人公たちが属する上流階級は、一時的な騒乱とたかを括り、舞踏会を取りやめたりはしない。
物語自体は、盛り上がりにかける。ヨーゼフの船旅とメトロ・ポールホテルでのナチスによる拷問が交互になるのはいいとしても、早々と幻覚シーンがあったりして、先が見えてしまう。
囲碁だろうとチェスだろうと、本だけで強くなるなんてことはない。他人との対局に勝る上達方法はない。
だから、ヨーゼフが元々チェスが好きで、監禁中に己を修練したっていうストーリーにしないと自分は乗れない。
精神と知性への拷問
オリバー・マスッチがとてもよかった。裕福で余裕と教養があって自信満々、体型もふくよか、傲慢がちらつくウィーン人そのものだった。その彼がウィーンの誇るホテルの一室へ。誰とも話せない、窓開かない、質素で最低限のものしかない客室。「客」ではないが彼は大事な「客」だから殺されることはない。ホテル滞在中に体重は激減し季節も時刻もどれほど時が過ぎたかもわからない。時間・空間・脳内拷問。オデュッセウスの話は暗記している、何か読みたい。読みたい本は全て焚書対象、本など一冊たりとも与えられない。偶然手にした本はよりによってチェスゲームのルールブック。
プロイセンの趣味と馬鹿にしていたチェス。でも文字が読める、対戦相手が必要なゲーム。自分の中に対話する相手が生まれた。
豪華客船でドレスコードに合っていないただ一人の男は妄想と夢の主観世界をさまよい、メガネをかけて髭もなく若々しく穏やかな顔つきに変わった彼は、今度こそやっと「妻」の声を愛おしみつつ朗読を聞く。
別の世界に行くことで自分を救ったがそれが唯一の救いであるとしたらあまりに苦しく悲しい。
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