「大衆に冷水をぶっ掛ける、前作へのアンサームービー」ジョーカー フォリ・ア・ドゥ エカシムロさんの映画レビュー(感想・評価)
大衆に冷水をぶっ掛ける、前作へのアンサームービー
悪を一種のヒーローとして魅力的に描いた作品は、時に暴力の連鎖を産むことがある。作者が自らの妻が暴行されたことを元に書いた『時計仕掛けのオレンジ』は映画化され、感化されたフォロワーたちがいくつもの暴力事件を起こした。そのうちの1人が悪名高きアラバマのウォレス州知事の銃撃事件を起こし、彼の獄中手記は『タクシードライバー』の原案となり、タクシードライバーを見て影響されたある男が今度はレーガン大統領暗殺未遂事件を起こした。前作『ジョーカー』はもちろんタクシードライバーに強く影響された作品でもある。
ジョーカーを気取って無差別テロを起こした人間がいる(ここ日本にも)。アメリカでは虚言癖の権力者に煽動された大衆が議会を襲撃した。この映画はジョーカーを讃えるような愚かな大衆に対して、バケツで顔面に冷水をぶっ掛けるような、監督自身によるアンチ・カタルシスな前作へのアンサームービーだ。前作で悪のカリスマに祭り上げられたジョーカーを、アーサーという1人の惨めな男に戻すための。
監督が観客の期待を裏切る意図を強く持っていた事は、あの階段のシーンが無いことでも明らかだ。予告編どころか海外ではポスターにも使われていた、ジョーカーとハーレイが裁判所の階段を踊りながら降りるシーンは本編には登場しない。
アーサー・フレックは世間で勝手に醸成された理想のジョーカーのイメージを期待されるが、それによって“アーサー”を慕ってくれた人々を傷付けることになる。そしてジョーカーではなく、アーサーとしての言葉を語ったところで「思ってたのと違う」と言われ周りから捨てられるのだ。この映画を見た観客たちの態度と全く同じ状況である。本作はいきなりルーニー・テューンズ風のアニメーションで始まるが、ジョーカーが自らの影に振り回されて破滅する、という話がすでにそのまま本作の内容を示している。最後の展開はセリフも含めて前作でアーサーがマレーにしたことと同じでもある。
なお劇中で鑑賞される『バンドワゴン』(1953年)はハリウッド黄金期の古き良きスタジオ製ミュージカル映画の最後の傑作とでも呼ぶべき作品。ほどなく社会の変化についていけなかったミュージカル映画は急速に斜陽となり、オリジナル作品は消えてブロードウェイ作品の映画化に取って代わられる。劇中の舞台と思われる70年代末頃には『ニューヨーク・ニューヨーク』や『ワン・フロム・ザ・ハート』がかつてのミュージカル映画の復活を期して製作されたが、興行的には失敗に終わった。バンドワゴンの主人公、忘れられたかつてのスターは周囲の期待に見事応えて愛と称賛を手にするが、人生はミュージカルのように全てがうまくはいかないのだ。