「There Is A Light That Never Goes Out. ちょうど良い午後ロー感、過度な期待は禁物。」ザ・キラー たなかなかなかさんの映画レビュー(感想・評価)
There Is A Light That Never Goes Out. ちょうど良い午後ロー感、過度な期待は禁物。
任務に失敗した代償として恋人を暴行された殺し屋が、それに関わった者たちへ復讐する様を描いたサスペンス・ノワール。
監督は『セブン』『ゴーン・ガール』の、巨匠デヴィッド・フィンチャー。
主人公の殺し屋”ザ・キラー”を演じるのは『X-MEN』シリーズや『それでも夜は明ける』の、名優マイケル・ファスベンダー。
女アサシン”ザ・エキスパート”を演じるのは『ナルニア国物語』シリーズや「MCU」シリーズの、レジェンド女優ティルダ・スウィントン。
鑑賞後、脚本家について調べてみて驚いた。アンドリュー・ケビン・ウォーカーって、これ『セブン』(1995)の脚本家が書いてるのかよ!?なんで『セブン』ほどの大作を書いた人がこんなショボい作品を…。
なんて思ったんだけど、よく考えてみるとこの人、フィンチャーのフィルモグラフィーの中でおそらく最も人気のない、あの『パニック・ルーム』(2002)の脚本家でもあるんですよね。あー、それなら納得。
(追記:勘違いしてました!!💦『パニック・ルーム』の脚本家はウォーカーじゃなくてデヴィッド・コープ。ウォーカーはカメオ出演のみのようです。失礼いたしました🙇)
ちょっと悪態をついたけど、この映画全然嫌いじゃないです。殺し屋を主人公にしておきながら、こんなにちんまりした映画も今どき珍しい。半端ない午後ロー臭っ!
派手なアクションに頼らない正統派なノワール映画って感じが懐かしくもあり心地よい♪
本作の主人公、ザ・キラーはとっても無口。…なんだけど、とにかく心の声がうるさいっ!
冒頭から「待つのが嫌なら殺し屋には向いていない…」とか「俺は成功率10割だ…」とか一流ぶったことを脳内で呟いておきながら、おい失敗するのかよお前っ!?
本当にこいつが凄腕なの?と首を傾げたくなるようなスタートに、誰もがこの映画大丈夫なのかと不安になったことでしょう。
バキバキの映像美にダークかつアイロニカルな物語。尖った作風のせいで誤解されているが、実はフィンチャー監督作品にはコメディ要素が多い。
『ファイト・クラブ』(1999)の終盤では主演のエドワード・ノートンがずっとパンイチだし、『ドラゴン・タトゥーの女』(2011)では拷問シーンのBGMが何故かエンヤだし、『ゴーン・ガール』(2014)ではロザムンド・パイクが見事な顔芸を披露していた。
事程左様に、フィンチャーという監督はそのギャグセンスが尖りすぎているせいであまり気づいて貰えないが、緊張感のある映画でも必ずどこかにお笑いの要素を忍ばせる。
シリアスとコメディのギリギリを攻める監督であり、私は彼のそんな作家性が大好きなんですが、今回の冒頭シークエンスもまさにそれ。あのお間抜けでお粗末な展開は意図的に仕組んだギャグなんです。
それが確信に変わるのは中盤、”ザ・ブルート”という筋トレアサシンの根城に殴り込みに行った時。
ここでも主人公は「感情移入はするな…」とか「予測しろ、即興はするな…」とか、カッコいいことを脳内で独りごつんだけど、それにも拘らず敵に先制攻撃を許してしまう。おい、お前またミスるのかよっ!∑(゚Д゚)
まさかの天丼という高等お笑い技術を見せてくれるザ・キラー。これはもう確実にギャグとして描いているとしか思えない。
今回のフィンチャー監督は「ハードボイルド殺し屋映画」というジャンルを周到に描いているふりをして、実はそれを滑稽なものとしてパロディ化しているのです!
主人公が無口なのに対して敵はみんなおしゃべりだというのもこういうジャンルにありがちな描写。そのパターンを何度も繰り返すのも、彼流の戯れなのでしょう。ネタなのかマジなのかわかりづらっ!
だから「パリにはマクドナルドが1500店舗あって云々…」とか「死後には無辺の世界があるというが云々…」とか、そういう哲学的な独り言も衒学的なだけで意味はない。ただカッコいいことを喋る殺し屋というギャグやってるだけなんでしょう。
私も初めのうちは「この主人公は数字に拘る癖がある。つまりこれは彼が世界との繋がりを目に見えないアバウトなものではなく、数値という絶対的な物差しによって捉えているということに他ならない訳で…」なんて考えていましたが、観ていくうちにアホらしくなってそんなことは考えなくなりました。
難しいようで実は空っぽ。シリアスなようで実はコメディ。しかし、シリアスなところはちゃんとシリアスで殺し屋映画本来の怖さは損なわれていない。そういう変な、そして絶妙なバランス感覚がこの作品の魅力なのだと思います。
『ジョン・ウィック』シリーズや『ベイビーわるきゅーれ』など、昨今の殺し屋映画はアクション重視。そういうものを求めて本作を鑑賞すると、多分めちゃくちゃガッカリしてしまう事でしょう。アクションシーン一箇所しかないからね。しかも微妙に早送りしてスピード感を高めるというインチキをしてるし💦
でもまぁこういう殺し屋映画もね、たまにはいいじゃないですか。フィンチャーらしいクールでアーバンな映像美も堪能出来たし、個人的には満足です。100点満点中65点くらいな感じで、ちょうど良いぬるま湯加減でしたっ😆
ノーランやトム・クルーズが「映画は映画館で観るものですっ!」という姿勢を固辞しているのに対し、フィンチャーは「いや、別に配信でいいじゃん?何か問題ですか?」とでも言うかのようにNetflixと組んで仕事をしまくっている。
鬼のようにリテイクを繰り返す完璧主義者として知られているのに、上映方法に関しては無頓着。最近はドラマやアニメの方に興味が向いているっぽいし、この人ってどれだけキャリアを積み上げても、映画監督というよりも映像クリエイターって感じの位置に立ち続けているような気がする。
そういう変人かつ唯一無二なところも、フィンチャー監督の魅力なのです✨