君たちはどう生きるかのレビュー・感想・評価
全2096件中、1861~1880件目を表示
出だしはよかったが中盤で退屈であったので最後分からなかった。
母が火事で亡くなる場面から映画が始まる。
母を失った少年。出だしとしては魅力的である。
また、あのアオサキという奇妙な鳥が出てきて「母親は生きている、着いてこい」という場面、言わばはじまりの予感を感じさせる場面など高揚感があってよかった。
ただ、その後がどうもダラダラと展開が遅く退屈であった。
テーマは、映画のタイトルにもあり、作中にも母が残した本の題名にある通り、「君たちはどう生きるか」であるのだろうけど、ファイナルで随分抽象的に、そのテーマへの回答を仄めかしているように思えた。
善意でできた積み木を積むよう老爺さんに言われるが、周囲を欺くために付けた悪意の傷を見せ、「私は悪意があるからその積み木を積むことができない」と言い、その後ペリカンみたいなのが出てきて、老爺さんの創った世界が崩壊し....
と、確かこんな感じのファイナルであったと思うが、中盤で退屈をして疲れていたので、細かに覚えていない。
これは芸術作品なのか。
よく分からないが、エンタメとしては、楽しいとは思わなかった。
芸術作品としても、感銘や感服するところは、個人的になかった。
期待していただけに残念だった。
最後の宮崎作品で描かれる「悪意の主人公」と「強いヒロイン」
今作は、主人公の少年が自らに芽生えた「悪意」と向き合い、不条理な運命を受け入れるまでの物語だ。
映画冒頭、主人公の真人は火災で母を失う。そして傷ついた自分をよそに父はさっさと再婚するが、その相手・ナツコは母にそっくりな顔の女だった。そんな異物が家庭の中に紛れ込んでくるわ、おまけに転校先の小学校で酷いイジメを受けるわで、真人は逃げ場のない地獄に突き落とされたような日々をおくることになる。
真人をみていると、『もののけ姫』に登場する少年・アシタカを思い出す。映画がはじまっていきなり、アシタカは何の罪もないのに死に至る呪いを受ける。この点、真人とアシタカは似ている。一方、アシタカは呪いの元凶となる人物への憎悪を抑えることができたが、まだ幼い真人は湧き上がってくる憎悪に囚われる。
ナツコは真人の良き母となろうと懸命に振る舞うものの、真人は彼女を攻撃対象に定めてしまう。彼はナツコから何を言われても無言を突きとおし、素っ気ない態度をとりつづけた。ここまで他人へ残酷な悪意を向ける主人公というのは、宮崎監督作品では初めてではないだろうか。
だから今作は『もののけ姫』のアップデート版だと思った。再び少年に旅をさせて、遠回りをしながら自分を見つめなおす姿を描こうというのだ。ただ、その描写は『もののけ姫』のようなリアル路線ではなく、『崖の上のポニョ』や『ハウルの動く城』のようなファンタジー路線。パステルカラーの不思議生物がうじゃうじゃ出てくる愉快な世界だ。
そしてこの旅のなかでは、少年を勇気づける「強いヒロイン」も登場する。こんな抜群に可愛くて肝の据わったキャラをよく作り出せるなと毎回思う。
ちなみに今作は、宮崎監督が愛する児童文学『失われしものたちの本』(ジョン・コナリー)がベースとなっている。読めば映画の理解がさらに深まるはずだ。
結構ダークさ増し増しで難解
また宮崎駿監督の新作が観られるなんて!と楽しみにしていた。
情報何も入れてない状態で初日に鑑賞。
面白いか面白くないかで言うと、つまらなくはないんだけど「面白くはなかった」という感想。
私自身メッセージがうまく受け取れてないのもあるんだろうし、時代設定もあるだろうし、主人公の眞人が結構淡々としていたのもある。
宮崎駿監督作品には割とワクワク感があるんだけど、そこは控えめだったかな。
あと今回結構ところどころ怖いというか、ダークさが結構全面に出てきてゾワゾワした。
最初、青鷺も怖かったし、塔の世界で登場する鳥たちが割とホラーでグロデスク。
あらすじを振り返る。
太平洋戦争の時代、母を火事で亡くし父の再婚相手である母親の妹がいる地方に引っ越してきた少年・眞人。
新しい暮らしや新しい母に色々思うところがあったけれど、不思議な青鷺に誘われて、お屋敷の近くの塔に叔母である新しい母を探しに行き、若かりし母や祖先の男性など出会いを経て、今の生活に戻ろうとする話。
(合ってる?)
色々練られたお話で背景があるのは感じ取れるのだけど、そこが今回割と難解。
塔の中の出来事は不思議の国のアリスが落ちた穴の世界のように不条理で、不思議な生物もいて謎に満ちている。
この塔の世界のイマジネーションは今までの宮崎駿監督作品世界のエッセンスも感じられて良かったけど、ストーリーが難解なんだよな。
そして「君たちはどう生きるか」は原作ではなくて、主人公への亡くなった母の贈り物として触れられるだけで、あまりストーリーのベースにはあまり関係してこなかったなと(まあ宮崎駿監督作品は原作あっても全然別物になるのは常なのだが)。
コペルくんと叔父さんの話を想像して行ったんだけど、そんなことはなかった。笑
ただ、本作のタイトルがメッセージそのものなんだろうなとは思った。積み木を新しい時代を生きる者としてどう組み立てるのか。あるいは積み木そのものを破壊するのか。何を選ぶのか。
主題歌が米津玄師なのにも驚いた。
ジブリ作品としては主題歌にかつてないいまどき感。
1回観て1日経った状況では本作をうまく飲み込めてないのでもう少し時間をかけて消化したい。
追記:
時間経ったら飲み込めてきた!
この作品はスタジオジブリへの宮崎駿監督なりの自己風刺&檄なのだと理解。そうすると色々腑に落ちてきた。
ジブリの事情や歴史がわからない人には割と置いてけぼり作品なのだ。
クリエイターとしての大先輩(駿監督)から若手(後進)への問題提起(というかお叱り?)なのね。
タイトルなし(ネタバレ)
赤ちゃんの生まれる前の存在、ワラワラはここ最近飛ぶことができなかったというキリコの台詞。
→戦争による貧困や徴兵で子作りが減ったこと。
最近はまたワラワラが飛んで行くようになった。
→戦後のベビーブーム?
飛んでいっても、ペリカンやペリカン退治の炎に焼かれて多くのワラワラは命を落としてしまう
→赤ちゃんの生存率の低さ。
受精〜妊娠〜出産〜出産後の過程で、生きることを許されなかった命が幾つあるだろうか…
産屋のナツコ
→ナツコとその子は生死を彷徨ったのだろう。母親と子は一体。子どもは生きれたか?
インコの集団→昭和の学生運動と関連ある?
インコたちは子持ちは食べない、それ以外は食べれる。
→現世での人殺し。暴力。争い事??
石(意志)とは何か。
→石は宇宙ができた時の塵が星となり長い年月をかけて外力を受け硬くなったもの。宇宙誕生のメッセージ??
我ヲ学ブモノハ死ス
→「学ぶ」は「真似る」のこと。真似ることから本当の後継者は生まれないという警鐘か?生き方への投げかけ。
期待しすぎずに
うーん…ごちゃまぜちゃんぽん
拡大解釈による妄想一人歩きを避けて言及するならば、
乱暴にこの作品はどうかというと、
「風立ちぬの時代設定で、
シン・エヴァンゲリオンのテーマの世界を、
ポニョの世界のキャラクター達が、
ハウルの扉や千と千尋の翼を使って冒険し、
もののけ姫風のクライマックスで急に大円団を迎える、
余韻を残さない既視感満載の現代アート美術館」
でした。
唐突なあの終わり方はポニョの再来、「これで終わり?」という、これから種明かしで30分くらいあるだろうの部分がごっそり抜け落ちていて、突き放されたような唖然とした空気が観客を包んでいた気がします。
ワラワラなどの新しいキャラクターも、戦隊モノや魔法少女の武器のように、後のぬいぐるみやグッズ化を狙って急ごしらえした存在のよう。
この映画よりも、冒頭の宣伝で出たスタジオポノックの新作の方がよっぽどジブリらしさを踏襲している気がしました。
イベントをこなしていって、急に「はい尺があるので終わらせました!」て感じで…。
終劇後は失笑してる人もいました。
宣伝(してない)手法も含めて例えるなら、
レストランで写真のないオススメメニューを、「お楽しみ日替わり御膳」という説明書きだけを頼りに注文してみたら、量が少ない見知った具材のミックスフライ定食が出てきたような、そんな気分でした。
圧倒的説明不足でその空白部分は議論が楽しめそうですが、
議論したくなるかというとどうなんですかね。
実は深く練られていない世界観を、小難しい謎めいた言葉で誇張して大きく見せているような違和感を感じました。学生が書く論文のような。。。
一緒に行った連れの感想は、
「才能がかげったアーティストが、過去のヒット曲をアルバムにまとめ上げて新作として発売するやつのようだ。」
「ジブリの過去作品には世界観を表すような象徴となる音楽があった。今回はただの一般的なBGMや特徴のない歌だけだった。」
とのことでした。
私にとっては、母の不在、家族の解体と、喪失の再解釈の物語
宮崎駿監督からの問いかけ
君たちはどう解釈するか?!
色んな感情が込み上げた
好きだった芸能人が自死した訃報の翌日だったこともあり、感情が少し高ぶりやすいこともあったのか、
【君たちはどう生きるか】と問われたことで込み上げてしまうのか、度々涙目になった。
どんな作品なのか、どんな話なのか、何も分からないまま臨んだ宮崎駿氏の最新作。
まるで人生のように目まぐるしく物語が進んでいく。
たくさんのシーンが賑やかに移り変わっていく。
キャラクターも様々でお屋敷のお手伝いのおばあちゃんズも本当に可愛くて、懐かしくて…
これまで本当に色んな作品があったなぁと思うし、
そういう作品の背景も思い出みたいに脳裏をかすめていくような、そんなシーンがたくさん散りばめられていた。
この映画に何かストーリーを説明づけさせるのは少し難しいかもしれない。
それでも、私にはたくさんのシーンが人生のように思えた。悲しかったり苦しかったり楽しかったり…
大切なものを守っていくことは簡単じゃないこと、
この、今を生きてる世界線とは別の世界があるかも知れないけど、
今を生きていること。
私たちは生きていくこと。
しんどくて、バルスと隣り合わせだけど
私は頑張って今日も生きようと思う。
我々が問われたことってひょっとして
見てきたまま、他レビューを一切見ていない状態で感じたことだけを書きます。
本編開始序盤からこの映画が意味するところは何なのか、いつそれが出てくるかを期待しながら見ていたのですが、何一つ見つけることができず中盤からやや困惑しながら見ていました。
ただ画面からところどころ漂う「既視感」がひっかかっていて、とあるシーンである仮説が浮かびました。
「これはシンエヴァ?いや、こっちは〇〇、これは〇〇のオマージュ?」
そんな考えが出てきた途端、それまで映像音楽がどれも宮崎駿自身のセルフオマージュに加え庵野?新海?細田?ひいては富野松本手塚…日本アニメ史が辿った歴史をストーリーや人物、演出に準えて総括してあり、その香りを序盤から感じとっていたのだとすると、自分の中ではきれいに合点がいきました。
つまり私の妄想では今作の意図するところとは、宮崎駿監督が我々に対して
出自も容姿も母親に似ているが別人である継母とそこから生まれてくるものを愛せる覚悟があるのか?
↓
現在の日本アニメの根幹は自国発祥の文化ではない、しかし長年培養されその間独自の文化として変貌を遂げ、やや過剰に変質してきた今とこれからの日本アニメをお前たちは今後も愛していけるのか?
と問われていたのではないかとの考えです。
そう、一見勇猛だが子狡い部分がありしかもそれを自覚しているような、賢しいが基本悪い人間ではない主人公。一切感情移入のできない彼は宮崎駿からみた我々ではないのかと。
そしてそれをわざわざ今作で問うた理由としては、次に控える真の最終作として宮崎駿のリミッターを解放した作品をぶつけるに値するかを計るため…
そんな解釈でとりあえず自分のなかで納得してしまいました。
もっと穿った見方すると、はたして今作にそんな奸計を仕組んだのはご本人なのかプロデューサーなのか?など妄想がつきません(笑)
まあ商業的には今回一切広告宣伝費を掛けず話題を作ったとはいえ、作品的には正直爆発的な要素は見当たらず苦戦が予想されます。
しかし個人的にはオンユアマークよりもっと趣味的な、商売度外視的個人趣味作品を見せてもらいたいので、願わくば次につながるぐらい今作で成功を収めてほしいと願っています。
…大丈夫、受け取る側の我々も覚悟も度量も製作側が思っている以上に大きくなりました、いやさせて頂きました(笑)次回作を期待しております。
だからナウシカは庵野氏に譲ってあげてもいいんじゃないですかね
長文妄想垂れ流し、大変失礼しました😅
過去作を合体させたような異世界の世界感
大筋の話の流れは主人公が異世界に迷い込み、成長して元の世界に戻るという形で千と千尋と大枠は同じである。
同じであるからどうしても過去作と比較してしまう。千と千尋は冒頭からすぐにトンネンをくぐるり異世界に迷い込んでいく感じのテンポも良かったし、海の列車でさらに未知の世界の奥に進んでいく感じが音楽とマッチしていて良かった。
今回は世界観を作るために、宮﨑駿監督の過去作を合体させたような世界観になっているのだが、それは映画のために作られた世界というよりはここのシーンどこかで見たことあると思わせるようなファン向けに作られた世界観のように感じてしまった。
タイトルも君たちはどう生きるか、そして前情報がない状態で映画が戦時中から始まるので、戦時中の主人公の成長を通して、映画の鑑賞者に生き方を問う内容なのかなと見始めは思ったけど、決してそうではない。反戦を訴える内容でもない。
今回の映画は純粋に宮﨑駿監督の作った世界観が純粋に楽しめるかどうかで、映画の賛否が分かれるような感じの内容であった
オマージュがたくさん
*ネタバレあり
理解できたかと言われれば、たぶんできてないけど、
つまらないとは思わなかった。
過去のジブリ作品を模した表現の懐かしさと、
過去にはなかった手法への驚きで、映像に引き込まれた。
これだけ長く作品を作っていて、
まだ新しい見せ方があるんだなぁ。
それから、
そんなことありえる…?と半信半疑なのだけど、
D映画の要素があったような。
まさかね、とは思いつつ…。
・継母と小人頭身のおばあちゃん達
・入り口が塞がれた塔
・窓を背にした大叔父様と赤いバラ
・落下して不思議の世界へ
・侵入者を阻む館で眠るナツコさん
・ガラス蓋の棺で運ばれるヒミ
もしそうだとしたら、
宮崎駿監督が描くとこうなるんだっていう、
とても贅沢なものを観せてもらったことになるのでは。
真似でもパロディでもなく他作品の要素を入れ込みつつ、
ジブリの世界観はそのまま、
しかも自分の過去作のオマージュまで盛り込み…?
そんなこと出来るものなの…?
でも、主人公の出会う体験が、
色々なアニメ作品の形で表現されてるなら、
意味深だけど意味が明かされない舞台装置やアイテムが
腑に落ちる気もする…。
真偽はともかく「我を学ぶと死す」という言葉も
先人を参考にしすぎてはダメ、とも取れるし
他の方が言うように「アニメを創ること」が
テーマの一つになってるのかな。
考えすぎかもしれないし、
もっと深い意味があるかもしれないし、
どっちでもいいけど、
こうやって考えさせられるのも含めて楽しめた!
色々知ってからもう一回観たい。
広告を打たないのは戦略ではなく誠実さ故。
まず観終わった感想がレビュータイトルだった。
今回の新作に関して、広告を出していないのは新しいマーケティング戦略なのかと思っていたが違った。
この映画は世界の、そして監督自身の「世間が思い浮かべる宮崎駿」からの脱却のための作品であり、色んなしがらみを背負って作品作りをしてきた監督の自己との対話のためのものだった。
宮崎監督作品といえば、多くのスポンサーが集まり、否が応でも色んなものが金で雁字搦めになる。
この映画は、巨額が動く宮崎駿に集まる罪深いもの達(罪という言葉が作品のテーマの一つだと感じた)に対する、もう旨みはないし作らせないという宣告であり、そんな者たちを利用しながら映画を作ってきた監督自身の罪と向き合う為の作品だと感じた。
出てくる登場人物は皆醜さを持っており、宮崎駿作品に出てくる理想化された人物像とは一線を画す。
これは恐らく、アニメ制作に携わる中で出会った者達のメタファーであり、また監督自身なのだと思う。
しかし、罪を背負い醜くても、せめて誠実でありたいという監督の思いが作品全体から溢れており、私は涙した。
映像の素晴らしさは筆舌に尽くし難く、アニメーターとして生きた宮崎駿の生き様がこれでもかと伝わってくる。
また、色んなところ過去作のセルフオマージュがされており、金に迎合した作品も自身そのものであるという力強い宣言に思えた。
この作品では「石」が重要な役割を担う。
これは「意思」、つまり我々観客ではないだろうか。
観客を楽しませるのが映画だという矜持を宮崎作品からは常に感じるが、前述した理由で、今回の作品は鑑賞者に向けられたものではなくなっている。
作品内で「石」の怒りに触れる場面が何度か出てくる。
監督は今回の作品が、今までの作品のように多くの人に愛され評価されるものでない事を分かっている。
中には鑑賞後怒り出す者さえいるのを理解しているのだ。
そういう作品であるのに、大々的に広告を打って鑑賞者を焚き付けるのは筋が通らない。故の現状ではないだろうか。
宮崎駿にとって「石」(観客)とは作品作りの根源であり、死神であり、束縛であり、しかし確かに尊ぶべきものなのだと思う。
しかし、そんな石を最終的に断ち切った。
これはつまり、自身の作品作りとの訣別を意味する。
どんなに罪を背負っていると感じていても、作品と向き合い、観客を楽しませる事に情熱を注いだ、アニメーターとしての誠実さを貫き通した宮崎駿の遺作としてこれ以上のものはないと思う。
この映画を見る事ができて本当に良かった。
表現の次元が違いすぎて終始圧倒された。
宮崎駿監督、ありがとうございました。
さようなら。
どうか末長くお元気でいて下さい。
考察をたくさん読んで解釈するしかない
宮崎駿監督作品と言うから、無条件でIMAXでの鑑賞を決めた。
スタジオジブリ作品ではあるが、エンドロールに名を連ねる他のアニメーション会社の多さがジブリの弱体化を物語っている。
近年、スタジオジブリでは千と千尋の神隠し以降、ヒット作品と言う作品は無いと思う。
息子の宮崎吾朗が映画を作っても、父のような才能には恵まれず、酷評され、スタジオジブリの後継問題と後継者不足が浮き彫りになった。
ジブリスタジオでアニメーターをしていた人々は別のアニメーション会社を立ち上げたり、移籍したりして、巣立って行った。
残ったのは、血を分けた息子と宮崎駿監督作品とそれに群がり、まだスタジオは健在だと嘯く関係者のみ。
宮崎駿が築き上げた城は、世界はもはや空前の灯火だと言うのに、跡を継ぐものがいない。
結局、ジブリスタジオは近年では父親である宮崎駿の作品を振り返る美術館や展示会で生きながらえている。
果たして、大衆娯楽的な映画を作ることができないジブリスタジオがこの先、どうやって生きていくのか。
息子は自分の生きる世界で生き抜くことができるのか。
今作は宮崎駿の自伝的作品だと考察されている方がいて、なるほどと唸ってしまった。
そう言われたら、物語のストーリーがしっくり来る。
以下、考察を参考にしたキャラクターの解釈
⚫︎マヒト
宮崎吾朗
⚫︎マヒトのパパ
宮崎駿(父としての顔)
⚫︎青鷺
鈴木敏夫かな?と思ったけど高畑勲説もあり
⚫︎大叔父
宮崎駿(監督としての顔)
⚫︎インコ
映画関係者とか視聴者
⚫︎ペリカン
メディア
⚫︎婆ちゃん達
古馴染みのアニメーター
女性キャラ達が誰だろう?
母は庵野監督とか?
妹の身重の監督は米林監督?
公式のパンフレットがしばらく発売されないそうなので、答え合わせまで時間が掛かるみたい。
それもジブリの思惑通りなのか。
とは言え、宮崎駿監督作品で育ったので劇場公開初日に鑑賞できて嬉しかった。
監督が世に作品を生み出してくれたから、確かにジブリ作品は私の魂の一部になっている。
監督のような森にはなれないけど、細木くらいにはなれるように生きていきたい。
面白い夢を見た後の気持ち
面白い夢を見て目覚めた後、漠然とした楽しさだけが残る時があります。
その時の感覚に似ていました。
いざ見た夢をまとめてみると、特別面白いという内容ではなく、人に話しても共感を得ることはないでしょう。そのような映画でした。
物語も難解で、コンセプトや目的が分かりませんでした。
千と千尋の神隠しやラピュタ、ナウシカなどの宮崎駿作品を期待している方には向いていないです。エンタメ性はなく、美術作品に近いです。
星を3にした理由は、もう一度見てみたくなる不思議な魅力を感じたからです。心に響くものはありましたが、言語化するのが非常に難しい作品であり、何度も見て感じ取る他ないのかもしれません。
まとめると、夢のような抽象的な作品であり、声を大にしてオススメはできないです。
まずは自身の目で
わからない、つまらないという理由での低評価がとても多く見受けられますが、どれだけ現代に対して問題意識を持って生きているかによって評価が大きく別れる作品なのだと思います。
その問題意識というのも、環境問題や災害、戦争などといった表面的に見える問題ではなく、作中にも出てくる本『君たちはどう生きるか』でも描かれているレベルでの、もう誰にもどうすることもできないのではないのかというところまで歪み、絡み合ってしまっているこの人間社会そのものに対しての危機感を持っているかどうかということであり
それを宮崎駿というフィルターを通し、整理し、ファンタジーという形に訳すことによって、これからの世界を担っていく10代の若人たちに感覚的に伝えることを目的とした作品となっているので、もう既にこの社会の歪みに飲み込まれきってしまっている我々大人のほとんどには、そもそも理解することすら難しいのかもしれません。
とにもかくにも、誰か他人の意見に惑わされることなく、まずは一度ご覧になることをお勧めします。
解釈の仕方
全2096件中、1861~1880件目を表示






