「震災とコロナで疲れた日本人の心象が重なる」658km、陽子の旅 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)
震災とコロナで疲れた日本人の心象が重なる
2019年のTSUTAYA主催のコンテストで受賞した室井孝介の脚本の映画化なので、当然コロナ禍の前に書かれているのだが、ある事情により半ば引きこもり状態で在宅ワークをしている陽子の暮らしぶりは2020年以降のロックダウン時の閉塞感を否応なく思い出させる。冒頭のシークエンス、暗い部屋でPCのモニターに照らされた菊地凛子の顔、イカ墨パスタを箸で食べて黒く光るくちびるに、まず心をぐっと掴まれた。
タイトルが示すように、本作はロードムービーのフォーマットで進む。疎遠になっていた父親(オダギリジョー)の葬儀のため、従兄一家の車で故郷・青森県弘前市に向かうが、栃木県のサービスエリアでトラブルが起きて置き去りに。人と話すのが苦手な陽子は、勇気を振り絞ってヒッチハイクで実家を目指す……。
陽子を乗せた車は福島、宮城と進むので、車窓からは汚染土を収めて積まれた黒いフレコンバッグが延々と続くのが目に入る。私も震災後に一度福島県の飯舘村などを訪れて直接目にしたが、あのフレコンバッグの途方もない量には本当に圧倒された。原発事故からすでに12年、当時の記憶が風化しつつある人も多いのではと想像するが、映像を介してであれ、いまだ復興半ばの東北の姿を見つめて思いを馳せるのは意義があるはず。
旅の中盤まで悪いことが重なり、地獄めぐりのような展開になるのかと危ぶんだが、海はやはり生命の源、再生の象徴。陽子は夜の波に洗われ、出会った人々の助けも借りて、少しずつ生きる力を取り戻していく。天災や疫病に翻弄され疲弊した私たちの心を、ささやかな一筋の光で照らす好作だ。公開タイミングは、酷暑の真夏ではなく冬の寒い時期のほうがよりしみじみ体感できそうなのに、惜しい。