「chatGPTには回答できない、、、」ワース 命の値段 蛇足軒瞬平太さんの映画レビュー(感想・評価)
chatGPTには回答できない、、、
chatGPTには回答できない、、、
いや、
GPTだからこそできる、
GPTにしか、
回答できないのかもしれない。
国の論理よりも、
国民の感情が大事。
と、
国の政策の、
本音と建前を逆転させた、
人間の心に向き合う社会への、
歴史的転換点の記録、
その価値→worth。
を
マイケル・キートンと、
周囲のキャストが、
少ないセリフ、
細かな視線、巧みな表情で、
事実を積み上げていく。
worth 価値、数字で表せる価値のようなもの。
劇中のセリフにもあった、
dignity 尊厳。
生涯賃金は数式で計算可能、
だが、
尊厳は数値化できるのか?
本作のメインプロットを主人公のdignityへの気づきと、
捉えると作品のスケールが矮小化されてしまう。
本作は米国社会のあらゆる状況下の国民のdignityに対する具体的な施作、政策の進化、
がメインプロットと捉えると、
本作で、問われている意味を理解しやすいのかもしれない。
【ワース 尊厳の価値】
AIはすでにdignityを理解している。
シン・シンギュラリティは、
尊厳を具体的実践的活動に落とし込むAI、
と、
尊厳を無視して利益を優先するhuman、
との臨界点なのかもしれない。
そう解釈すると、
米国はすでにシンギュラリティは克服可能かどうかは置いておいて、国として具体的政策の試行錯誤の第一歩は始めてる証拠の作品と解釈できる。
【蛇足】
そうすると、
人工知能と人間の、
明らかな能力の差を、
話題にするよりも、
人としての価値基準について話題にする方がいい。
具体的施作の足枷になってる物、事、人、
とは。
つい先日、日本では、
尊厳には価値がない(と捉えられてもしかたない)判断が出た、しかも裁判所の判断。
憲法よりも数式だそうだ。
chatGPTなら一発回答だろう。
ヒトの能力を数値化するという事は、
一定の事実を根拠に、
フィクションを書き連ねて、
積み上げて、
わかったような答えを出すという事。
数字なんて概念、
人は存在する。
適当に答えられるよ、
なあGPT!