「黒人差別の埋もれていた史実のひとつ」ティル コショワイさんの映画レビュー(感想・評価)
黒人差別の埋もれていた史実のひとつ
1 白人に殺された黒人少年の事件を巡り、差別と闘った母親の記録
2 ティルは、殺された少年の苗字。1955年夏、軍職員で経済力のある母親とシカゴで暮らす少年は、親類のいるミシシッピ州に遊びに行き、白人女性に口笛を吹いた。あってはならないことで、少年は親類の家から白人に拉致され惨殺された。母親は・・・。
3 この映画のリンチ事件が起きた時代では、①人種分離を内容とする州法は合法とされ、ミシシッピ州でも公共施設や私人において制度的な差別が行われていたこと、②黒人の地位の向上を目的とする団体「NAACP」が地道に活動しており、事件後母親を支援したこと、③公民権運動の大衆的な広がりは1955年12月のアラバマ州でのバスボイコット運動を端緒とされており、この事件はその前夜に起きたこと、④政府機関では、トルーマン大統領は軍での人種差別の禁止と軍職員の白人以外の採用を認めており、母親は陸軍職員であった。
4 映画は、史実に基づき、母親を中心に描かれているが、人物造形が良い。夫が戦死し戦後の混乱期を経て白人並みの暮らしをしている。苦労があった反面彼女の支えとなったのは息子の存在であろう。2人の絆が強いことで子を失った深い悲しみが伝わってきた。そして彼女の精神的な強さはここから発揮される。遺体を引き取り、葬儀であるがままの姿や死臭をさらけ出し、新聞に取り上げてもらう。裁判にもかかわる。他方、目の前でティルを拉致された親類が母親と対面したときに見せた表情に、後悔とともに手出ししたくても皆殺しになってしまう恐怖心が見えて底の深さを感じた。
5 映画の最後に、2022年にティルの名を冠した反リンチ法が制定されたことが紹介された。この法律により、人種差別によるリンチはヘイトクライムの一つとしてようやく処罰の対象となった。実に事件から67年後であった。この映画によって埋もれていた黒人差別の史実の一つを知ることができた。