劇場公開日 2023年9月16日

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「インドネシア政治への痛烈な皮肉」沈黙の自叙伝 鶏さんの映画レビュー(感想・評価)

4.0インドネシア政治への痛烈な皮肉

2023年9月19日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

2022年の東京フィルメックスで最優秀作品賞を受賞した本作は、軍を退役して地元に戻った一人の元将軍と、その召使いの青年の物語でしたが、よくよく見ると現代インドネシアの政治状況を赤裸々に描いていると思われるような部分が随所にあり、非常に興味深い作品でした。

まず元将軍のプルナですが、劇中東ティモールでの作戦に参加したことを披露していることや、軍を退役した後に政治家に転身しようとしていること、そして地方の名家出身であるらしいことなどから、現国防大臣のプラボウォ・スビアントがモデルになっているものと思われました。プラボウォは元々軍人で、強権・独裁で知られるスハルト大統領時代に頭角を現し、スハルトの娘婿になったことで出世コースに乗った人物ですが、インドネシアが一時併合していた東ティモールの弾圧で戦果を上げたことでも知られているほか、軍内外のスハルトの対抗勢力に弾圧を加えるなど、文字通り暴力装置としての軍隊を悪い意味で活用してのし上がった人物です。
スハルト政権が倒れた後、軍籍をはく奪されるなど一時失速したものの、その後財界を経て政治の世界に身を投じ、2009年の大統領選挙では当時現職だったメガワティの副大統領候補として立候補し、続く2014年及び2019年の大統領選挙では大統領候補として立候補しました。いずれの大統領選挙でも敗北を喫したものの、2019年には対立候補だったジョコ・ウィドド現大統領(通称 ジョコウィ)から国防大臣として招聘されて閣僚になるなど、いまだ軍への強い影響力や資金力を持っているからこその抜擢だったと思われます。

プラボウォの人生を振り返ると、権謀術数と強権、裏切りの繰り返しで、それこそ彼の一代記は映画とか小説になりそうな訳ですが、本作のプルナのやっていることは、まさにプラボウォそのもの。よくまあこんな怖い映画を創ったものだと感心するばかりでした。また、「私たちは何をしても許される」というプルナの発言は、金持ちや権力者なら何でも許されるというインドネシア社会の現実を直截的に表しており、ある意味清々しさすら感じたところです。

ただこんな暴力の塊みたいなプルナが、自分の召使いであるラキブ青年に対してジャニー喜多川ばりのセクハラ行為を加える展開は、この作品を一層重層的、かつ不気味なものにしていました。日本以上に同性愛に抑圧的なイスラム社会のインドネシアにおいて、男性政治家が青年に性加害をするなんてご法度中のご法度。でも、「私たちは何をしても許される」という傲岸不遜なプルナは、欲望の赴くままに行動する。これは流石にプラボウォをモデルにしたことではないでしょうが、かつての苛烈な人権弾圧すら不問に付され、来年の大統領選挙にも出馬しようというプラボウォを皮肉っているのではないかと深読み(曲解?)したのですが、監督の真意は何処にあったのでしょう?少なくとも、インドネシアの政治や社会に対する痛烈な皮肉であったことは間違いないと思います。

途中話が大きく脱線してしまいましたが、インドネシアの政治史を少しでも知っている者にとっては、たまらない作品でした。そんな訳で評価は★4とします。

鶏