「邦画界の“ボクシング部”的人材が大集合」春に散る 高森 郁哉さんの映画レビュー(感想・評価)
邦画界の“ボクシング部”的人材が大集合
大勢の熱意が結実した力作なのは確かだ。毎回演技派の人気俳優たちが豪華に顔を揃える瀬々敬久監督作品だが、今作には実際にボクシングや他の格闘技の経験があったり、過去作でボクサーを演じたことのある身体能力の高い役者たちが大集合。翔吾役の横浜流星は中3で空手の世界大会で優勝し、「きみの瞳が問いかけている」ではキックボクサー役で主演、また本作の役作りの一環でボクシングのプロテストを受け合格した。
翔吾が所属するジムのトレーナーの一人、山下を演じる松浦慎一郎は、瀬々監督が認めるように近年の日本のボクシング映画のキーパーソン。大学でボクシング部に所属し、俳優の下積み時代にはトレーナーも兼業、ボクシング指導を担った作品は「百円の恋」「あゝ、荒野」「ケイコ目を澄ませて」など多数あるほか、ボクシング映画への出演も多い。世界チャンピオン・中西を演じる窪田正孝は「初恋」「ある男」に続き3度目のボクサー役で、「ある男」で共演した松浦から撮影後も個人的にトレーニングを受けていたという。別のジムのトレーナー・郡司を演じた尚玄は、「義足のボクサー GENSAN PUNCH」のタイトルロールで主演。佐瀬役の片岡鶴太郎も、芸能活動で人気を博してから33歳でプロテストに合格している。こうした役者たちの豊かな経験と資質に加え、瀬々監督の演出と松浦の指導の下、ボクシング演技の精度をさらに高めていったことが本作の迫力ある場面に貢献したのは間違いない。
個人的な好みになるが、翔吾と中西の試合でパンチが顔にヒットして打ち抜くまでのアップをスローで見せる演出は、当然ながら相手に怪我を負わせない力の入れ加減がわかってしまうので、再生スピードを落とさずにカットを工夫して見せる演出の方が迫真度が増したのではないか。もっとも劇映画でこれ以上のリアリティーを求めるなら、現役のボクサーたちを起用して実際に殴り合う姿を撮影するか、打たれた瞬間の顔の歪みや頭部の揺れをポストプロでCG加工して描画するしかないだろうという気もする。
もう一点、これも好みの問題だが、「春に散る」のタイトルが表示されたあとのシークエンスは蛇足に感じた。あのタイトルショットで潔く終わった方が余韻をより深く味わえそうなのに。とはいえ、若い世代には希望が託されるラストシークエンスの方が共感度が高いだろうか。