「感情の伴っていない笑顔が抱かせる“生理的嫌悪感”」SMILE スマイル 緋里阿 純さんの映画レビュー(感想・評価)
感情の伴っていない笑顔が抱かせる“生理的嫌悪感”
【イントロダクション】
とある精神科医が目の前で患者の自殺を目撃した事を皮切りに、不気味な笑顔を浮かべる邪悪な存在に悩まされる事になる。
監督・脚本は、本作が長編映画デビューとなるパーカー・フィン。また、本作の原作は、パーカーが2020年に制作した短編映画『ローラは眠れない』を基にしている。
【ストーリー】
精神科医として働くローズ(ソシー・ベーコン)は、数日前に教授の自殺を目の前で目撃したという大学院生のローラを診察する。彼女は、教授の自殺を目撃して以降、「様々な人物に姿を変え、不気味な笑顔を浮かべる何か」に脅かされているという。話を聞くローズだったが、突如としてローラが発狂しだし、ローズの目の前で首を切って自殺してしまう。
事件はローラの精神錯乱による自殺として処理されるが、それ以降、今度はローズが不気味な幻覚に悩まされる事になる。婚約者のトレヴァー(ジェシー・T・アッシャー)や姉のホリーは、ローズの訴えを信じようとはせず、ローズは次第に周囲から孤立していく。
ローズは、昔カウンセリングで世話になったマデリーン博士を訪ねる。実は、ローズは10歳の頃に薬物の過剰摂取で自殺した母親の姿を目撃しており、長い間苦しんでいたのだ。しかし、マデリーンもまたローズの症状を過去のトラウマが完治していない事による精神疾患としか判断しなかった。
ローズは、かつての恋人であり刑事であるジョエル(カイル・ガルナー)を頼り、事件の真相を探ろうとする。すると、一連の事件の被害者は、皆“他人の自殺を目撃している”、“自殺を目撃した者は、自身もまた数日から7日以内に誰かの前で自殺する”という連鎖の中にある事が判明する。唯一、この連鎖の中で自殺ではなく殺害によりこの連鎖から抜け出して刑務所に収監されている者が居る事を突き止めた2人は、ジョエルのつてを頼りに刑務所に赴く。
【感想】
普段、我々が何気なく浮かべ、時に声と共に表現している“笑顔”というものを、正反対の恐怖演出に仕立て上げてしまうのは見事なアイデアだと感じた。感情の伴っていない笑顔とは、こうまで生理的嫌悪感を催すものなのかと、ある種感心させられもした。
日本人としては、作品の根底に『リング』(1998)の影響が色濃くあるようにも感じられた。“自殺を目撃させる事で、邪悪な存在が憑依対象を変える”というのは、『リング』における“呪いのビデオ”による貞子の呪いを連想させる。あちらは「呪いのビデオを1週間以内に他人に見せる」事で呪いを他人に伝染し、解呪するというものだったが、こちらでは「精神が蝕まれる前に他人を殺す」というのが唯一の解呪方法となっている。タイムリミットが個人によって異なるというのは、より逼迫感が増していて面白い。
中盤以降、ローズとジョエルが一連の事件に法則性を発見し、謎を解明しようと捜査に乗り出す展開も、貞子の過去を知る事で呪いを解く手掛かりを求めて奔走していたあちらの登場人物達に重なって見えた。
また、“邪悪な存在”が被害者の“意識”に感染するのだとすれば、同じくJホラーの『感染』(2004)も近い気がする。
オープニングが始まるまでの、主人公ローズの過去のトラウマや仕事に対する「患者第一」という姿勢を手際よく描いていく過程は見事。
中盤以降、ローズとジョエルが捜査に乗り出してからの展開は面白い。
それ故に、序盤でローズが精神的に追い詰められて行く展開をジャンプスケアの多さという小手先の手段で押し切ってしまったのは勿体無いと感じた。また、上質な恐怖テーマ選択を活かし切るという意味でも、ラストで一気にB級スプラッターホラーになるのは評価が分かれそうな点ではある(ただし、個人的には○)。
【邪悪な存在の正体とは】
この他者へと乗り移る邪悪な存在は、恐らくは被害者の意識に伝染し、次第に憑依対象を支配していく。ローズへの支配が進んだクライマックスでは、最早対決の一部始終が幻覚であり、奮闘虚しく、ローズは完全に支配され、ジョエルの前で焼身自殺してしまう。呪いの連鎖は終わらないのだ。
過去や経緯が語られたのはローズやガブリエル教授のみだが、恐らく一連の事件の被害者は、全員過去に“精神的トラウマ”を抱えているのだと思う。そして、“邪悪な存在”が言うように、「被害者達の意識がそれを呼んだ。過去からは逃れられない」という事なのだろう。邪悪な存在とは、被害者達の抱えている“トラウマの具現化”なのかもしれない。
例えば、もしかするとジョエルはローズに別れを告げられた失恋経験がそれに当たるのかもしれない。トラウマの程度や何がそれに至るかは個人によって異なる以上、この連鎖はいつの時代にも起こりうる現象なのだろう。
本作、及び原作となる短編の制作がコロナ・パンデミック真っ只中の2020〜22年というのも興味深い。ウィルスは勿論、未曾有の危機に世界中で悪意や陰謀論がネットを通じて爆発的に拡散していた時代に、こうした作品が世に放たれたというのは、決して無関係ではないように思える。作中で刑務所に収監されていた囚人が独自に調べた事件の真相について、「以前にも起きている」と語っていたのは、人類の歴史において繰り返されてきた様々な厄災を連想させる。
【総評】
笑顔を不気味に見せるというコンセプト、中盤以降の謎を追っていく過程は楽しめた。それ故に、ジャンプスケアに頼った前半の展開及び語り口のテンポがもっと良ければ、文句なしの傑作にもなり得たであろうだけに残念に思う。
また、タイトルにある“SMILE”という要素を活かす意味でも、もっとあの不気味な笑顔を全面に押し出した演出を用いた方が効果的だったのではないかと思う。