「棺を担いで戦地へ向かう悲愴なロードムービー」葬送のカーネーション 鶏さんの映画レビュー(感想・評価)
棺を担いで戦地へ向かう悲愴なロードムービー
内戦で国土が荒廃した故郷シリアからトルコに逃れたムサとその孫娘ハリメが、トルコで亡くなったムサの妻の遺体をシリアに運ぶ道中を描いたロードムービーでした。ロードムービーというと、観客もその一行に加わったような感覚があるもので、劇場に居ながらにして世界を旅することが出来るという意味で旅する時のような高揚感を得られることが多いですが、本作に至っては全くその逆でした。そもそも内戦が行われている地への旅は、文字通り”死出の旅路”とも言える訳で、かなり悲壮感が漂う映画でした。
シリア国境に向かう道のりも、決して綺麗な大自然の中というものではなく、ぬかるんだ道の両脇には荒涼とした原野が広がる風景が多く、旅を楽しめる要素はごく僅かでした。
しかもムサの妻の遺体を収めた棺桶を運ぶため、ヒッチハイクで歩を進めるものの、途中途中で別の車を探さねばならず、時にはムサが棺を担いで引きずりながら運ぶ始末。それでも老人と孫娘が、棺を担いで故郷を目指す姿を見て、車に乗せてくれたり食べ物を提供してくれたりする人がちょこちょこと登場したのは唯一の救いでした。
そもそも妻の遺体を故郷に運ぶことを誓ったムサは、どうやらトルコ語が喋れないようで、まだ小学校高学年くらいのハリメがアラビア語とトルコ語の通訳をやらされているのが痛々しいところ。ハリメの両親もシリア内戦で亡くなっているようで、ムサがシリアに行ってしまえば世話をする人がいないのでこの”死出の旅路”に同行を強いられるハリメ。分厚い雨雲が空を覆い、雷がゴロゴロと鳴り響く中、泥濘に「家」と「太陽」と「ハートマーク」を描くハリメ。今一番欲しいもの、逆に言えば一番欠けているものを描く彼女には、同情しかない。子供らしくちょっとはしゃげば、直ぐに「ハリメ~」と苛立ち交じりにムサに怒鳴られる彼女であるが、それでも健気に祖父に着いて行くのだから、非常に切なくなってしまいました。
ようやく国境近くまで辿り着いた2人。現地の警察だか軍だかから、国境に近付いたら危険であること、ましてやシリア側に遺体を持って入るには、煩雑な手続きが必要になると言われ、結局その街の墓地にムサの妻は埋葬されてしまう。妻の遺体を故郷に運ぶという誓いは、物理的に果たせなくなってしまったのに、それでも国境に向かうムサ。そして彼に着いて行くハリメ。ムサは有刺鉄線が絡まる国境の金網フェンスを越えてシリア側に行ってしまう。そんなムサの運命や如何に?
虚構と現実の融合というべきか混濁というべきか分からないけど、国境を越えたムサに起こった出来事=エンディングは、映画的と言えば映画的だったけど、極めて宗教的な体験を描いたシーンでした。妻を天国に送らんとする頑固一徹なムサの不退転の決意が適ったように思われ、中々神々しい映像でした。
そんな訳で、個人的に初めて観たトルコ映画でしたが、10年以上も続くシリア内戦を背景として、一概に創作とは思えないリアリティを持った本作の評価は★4とします。