ベルサイユのばらのレビュー・感想・評価
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名作「ベルばら」を2時間弱で駆け抜ける
歴史と少女漫画のロマンチシズムを如何に見せて頂けるかと期待したいところですが、様々なエピソードを手短に紹介する、そんな歴史ドキュメンタリーなダイジェストを印象にもってしまったことは否めません。
ですが、それでもバラは咲くことを止めない。「ベルばら」はやはり「ベルばら」であったと十分に納得できたと思うのですが如何でしょうか。正直、ベルばら原作もヅカの舞台も触れたこと無いので自信を持っていうことが出来ません。フランス革命もマリー・アントワネットのこともよく知らなかったし。
でも、画面に乱舞する美しい薔薇は、これぞ少女漫画なのだな、と思う。上映時間をおしてもドラマ部分を削っても、挿入歌とそれを演出する映像は素晴らしい。踊るモーションは実に華麗。それらの演出は歌劇である宝塚版を意識されているのでしょうか。特にマリーとフェルゼンの逢瀬で、夕焼けに染まった薔薇の浮かぶ水辺の光景には身震いしました。ただ、「恐ろしい子!」で有名な白目ショック顔はクスッときたけど、笑って良かったのでしょうか。
歴史は詳しくないし、本当にこんなにドラマティックであったのか。私には判らないけど、これをきっかけに史実を紐解くのも良いかもしれません。ベルばら原作や宝塚の舞台にも触れてみたい。ああ、そういえば、歌舞伎の俳優祭でベルばらを演じられていましたね。まだニコニコとかに動画残ってるかな。男性が男装の女性を演じるという、よく判らないことになってましたが。
改めて、画面を乱舞する薔薇が実に美しい。少女漫画を余り知らない私ですが、「エロイカ」ぐらいなら読んだことがあって、その外伝「ツェット」の1話で多くの薔薇が描かれていたけど、描くのが難しいので他の先生に頼んだんだったか。描くのも折り紙で折るのも難しい薔薇。最後に誰も居ない「薔薇園」で締めるというのは素晴らしいエンディングでした。映画でも舞台同様に「カーテンコール」で締める作品が好きなのですが、誰も出さずに登場人物を象徴する薔薇でご挨拶というもの意味が深く、実に感慨深いものがあります。何はともあれ、スタッフの薔薇職人様(って、いるのかな?)お疲れ様でした。
でも、あえて要望するならば、エンドロールで傑作OPの「薔薇は美しく散る」を流してほしかった。そしたら一緒に歌いながら劇場を後に出来たのに。私は原作を知らないくせに歌だけは覚えていて、普段から折を見て口ずさんでいますから。
ベルばら初心者の私は今も余韻が抜けない
私が持ち合わせている『ベルサイユのばら』の知識は「男装をした女性がいる」という知識のみ。名作と言われているしこの機会に見てみようかなと、気軽な気持ちで見てみた。
上映が終わり、周りが明るくなった時
何度もこぼしたポップコーンの跡と(映画館の方すみません)何度も涙を拭ったことでの頬の乾燥が、この映画の衝撃と感動と、名作の偉大さを表していた。
原作やアニメを好きな人が見たら評価は違うかも知らないけれど、この令和の時代で初めて『ベルサイユのばら』を見た私には、彼らのそれぞれの生き様や信念に釘付けになった。
映画はディズニーのようなPOPSのミュージカル調だった。しかも深層心理を表しているため、海の中だったり空を飛んだり、花が散ったりの、まるでアニメのOPやEDのイメージ映像。最初は戸惑ったものの、まー『レミゼラブル』だってミュージカルだし、宝塚の『ベルサイユのばら』だって歌うしなと受け入れてからは逆にこの音楽で泣けた。というか曲が全部良い。声優さん達の歌がうますぎる。
ストーリー構成は、あの長いフランス革命を2時間でやろうというのが土台無理な話で、けれど音楽に任せるところで初心者が見ても理解して楽しめる構成になっていた。もしかしたらあのキャラがいないだの、あのシーンが無いだのあるのかもしれないけれど『ベルサイユのばら』の初心者入門総集編としてはとても良い作品なのではなかろうか。なんせ私はこれをきっかけに原作絶対読むってなったので笑
1日経った今でも余韻に浸っている。彼らの強い眼差しが忘れられない。オスカルとアンドレに出逢わせてくれてありがとう。もし映画化されていなかったら、私は彼らを知らないまま人生を終えていたかもしれない。
名作はいつの時代になっても色褪せないから名作なんだと思い知らされた。
オスカルの魅力を余すところなく
旧テレビアニメ版よりも原作に忠実に、オスカルの生きざまを中心に構成する内容で、リメイクした意義のある作品となった。革命の要因となる民衆の困窮などの描写は原作と比べると減っている、尺の都合が大半だろう、しかし、オスカルというキャラクターの哲学、魅力は余すところなく描いてみせたと思う。「人が自由であるのは心のみにあらず、髪の毛、指の先まで自由であるべき」の信念を貫くカッコいいオスカルがアニメで見られたのは感無量だった。沢城みゆきのオスカルが本当にカッコいい。
マリー・アントワネットに関しては、デュバリー夫人やポリニャック夫人、首飾り事件などがカット(ミュージカルパートでダイジェスト的に流れるが)された関係で、ともすれば自分勝手に嫌な人に見えそうなところを、平野綾の気品ある芝居で押しとどめていた。少女時代と大人時代の演じ分けも見事。宝塚みたいに「マリー・アントワネット編」とか「フェルゼン編」みたいに各キャラクターメインのエピソードとか作ってほしい。ベルナール・シャトレとロザリー編もほしい。
無理難題を歌とイメージで突破しようとした製作陣の蛮勇にビビる
原作やアニメシリーズやベルばらファンとして、不満点はわんさかあります。それがもはや今っぽいアニメの絵柄やスタイルについて行けてない老害的な部分もあるとは思うが、にしても、2時間以内に原作をほぼほぼ収めようなんて狂気の沙汰。想像だけど、作り手だってそう思っていたんじゃないか。そして製作陣が出したひとつの答えが、ええい、複雑なストーリーを語ったり、人間の成長譚を丁寧に追う時間はない! 歌だ! ガンガン歌とイメージ映像で進めていけば、キャラクターのエモーションだけは残すことができるんじゃないか? どんな会議があったのかは知らないが、結果的に、インド映画的なミュージカル手法に、LDHっぽい楽曲(個人の印象です)に載せるという狂った映画ができあがった。曲調もまったくフランス風とか考えてなくて低音ズンズン鳴ってるし、歌詞も「I believe in my way 私のデスティニー」とか、英語混じりの日本語でムチャクチャだとは思う。でもまあ、どだいムリを承知で産み落とされた強烈にヘンな映画であり、こんなベルばらがあってもいいような気はしたんですよね。不満点はわんさかあるんだけど、まあアリ。
池田理代子による原作劇画のパワーを再認識
宝塚の舞台はもちろん、TVアニメにもなった人気劇画初の劇場用アニメをこのタイミングで観ると、改めて池田理代子の原作がいかに優れていたかがよく分かる。フランス革命という史実をベースにした男装の麗人、オスカルと、オスカルの従者で幼馴染みのアンドレの悲恋物語は、拘束が強い時代だからこそ価値がある、自由の意味を問いかけて来るのだった。あの『ベルばら』ブームの本質はここにあったのかという驚きと共に。
アニメ映画としての視覚効果については議論が分かれるかも知れない。でも、隙間だらけのスクリーンを埋め尽くし、そしてそれを凌駕する物語の熱さに、思わず込み上げるものがあったことは事実だ。
それにしても、オスカルとアンドレの関係性に潜むジェンダーというテーマが改めて浮き彫りになったこと。そこにも、池田理代子の視野の広さを感じないではいられない。
昔、話題になった劇画のアニメ化という表層だけで判断せず、劇場に足を運ぶこそをお勧めする。
何を見せられているのか
1979年から80年に日テレで放送されたテレビアニメが令和に復活したのだ。
オスカル、アンドレ、アントワネット、フェルゼンが主役である。
朝の報道番組で映画をやると知り、SNSで宣伝を見て、古参なうちは目を疑うのだ。
目がキラキラしているだけじゃね???と。
バリバリまつ毛があれど貫禄はない、太く荒い線もほっそい。色すらもうっすい。声優は豪勢である。
これ、一本で全部やるの?前後編(他、アニメ映画みたく連続でやるのか?)と思っていたが、まさかの一本。
驚きは隠せない。
ネット配信を待ちに待ち、ついにネットフレックスにきた!
いざ、観た。
冒頭の音楽は許せるが、またすぐにダイジェスト音楽でこうなんですよー〜〜と流れて、目が点となった。
漫画やテレビアニメでは、主人公のオスカルがメインで、その出生や父親のせいでオスカルが女の人生を歩めなくなるのを冒頭から知らせていた。
だが、今作はどうだ?
アントワネットメインとなっている。
力強く産声を上げたオスカルと父親のシーンはまるまるカットされたのである。
そうなるとオスカルがなぜ男装しているのかが汲み取り辛い。オスカル自身がやっていると思われかねない。元に。SNSでオスカルはジェンダーで〜と書き込みも見た。いやいや!違うんだっ、オスカルは性別はきちんと女性なんだ! と吠えてしまった。
2時間に満たない作品の四割はミュージックで、とてもくどく。星も一つにしようかとマジで思った。
しかし、後半の血生臭さからミュージックがミュートされてからが本番であった。
四人の恋愛が辛い。
つぅか、ルイ14世が心広すぎるんよ。いい男なのだ。他の男を愛し騙していたアントワネットを許すんですからね。美形でスタイルがよければ、愛してると言えるのに。と泣くのです。
いじらしい! 可愛い!
フェンゼルとの決別、そして、アンドレの支えでようやく女性になれたオスカル。泣くでしょう。
四つのバラではなく。一輪のバラを見たかったです。
ありがとうございました。
EDは文字で、まさしく紙芝居でした。これからこうなってこうなりました。と足早で駆け足。そこは仕方ないのかなと思いますが。ナレーションのバラ…は蛇足かなと思いました。
末っ子が歌うシーンで終わらせてくれた方がリスペクト感があって嬉しかったかな。
あんなにミュージカルやるなら無印の曲を流すとか、古参を興奮させる演出も欲しかったです。
あと、本当に父親の身勝手シーンカット、許してませんから。
原作に忠実にやる箇所はきちんと検討して欲しかったです。
自由を貫いた美しき薔薇達の最期
これほどの作品だったとは。。
原作の力たるや底知れぬものがある。
激動の時代を生き抜いたオスカル
その気高さ、美しさ、切なさ
全ての感情を鷲掴みにされる壮絶な2時間だった
序盤は王宮ラブロマンスかと思われたが、後半は革命を経て戦争色を強め、完全な歴史群像劇になっていく
そして苛烈な戦闘描写は、絢爛豪華な絵柄とは対照的に生々しく凄惨なものであった
難点を挙げるとすれば、あまりにも挿入歌が多すぎる点
そしてその曲調が現代的というか、時に2.5次元的で作品から浮いてしまっている点であろうか
もっとじっくり見ていたいのに興を削がれる場面もあったのは残念だ
とはいえ、原作が持っている凄み
現実に横たわっている歴史の重み
その中で生き、そして死んでいくキャラクター達
一人一人の想い
これらは何者にも変え難い魅力を放っていた
国
時代
性別
貧富
ありとあらゆる価値観がぶつかり合い
世界の終わりと始まりが凝縮されていた
せめてあの世でくらい、彼ら彼女らが分かり合えていることを願うばかりだ
終盤は充実しているが、前半は駆け足すぎるかも
原作漫画は未読だが、アニメ版の「ベルばら」は幼少期、夕方の再放送で何周もした作品。特に大学生で全話見返した際のインパクトは大きく、アンドレ視点での哀しみが、胸の奥に刺さっている。
2025年の映画版も、重要なポイントは抑えられていた。ただ外連味タップリな出崎演出が染み込んだ視聴者としては駆け足すぎる印象。歌曲でストーリーを進行させるミュージカル風演出も嫌いじゃないが、曲がポップス調な事に違和感があった。
終盤、アンドレとの悲恋がガッツリ描かれているので大きな不満はないが、どうしてもTVアニメに比べるとフリが少ないなと、ないものねだりはしたくなる。
中高生の頃、夢中で読んでスピンオフの作品も全部読んだと思います。ア...
今時に描写
映画化されてとっても楽しみでした。懐かしい日々がまた復活するかのような
オスカルが主役なのでアニメで見てたところがところどころ省かれてるのは仕方ないと思います。
昔を知るものとしては昔のままでいいかなと感じました。
初めて見る人はまたこれはこれで楽しいのかなと感じます
タイパ時代の「ベルばら」だった🌹
歌ありBGMを頻繁に台詞に被せて来るので、何かのダイジェストを観せられている感じでした。新時代の「ベルばら」を作ろうとしているのに、マリー・アントワネットがプロパガンダ通りの、国が傾く程の贅沢の限りを尽くした人物として描かれていて、古さを感じました(アントワネットは倹約に努め、あの有名な言葉「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」も、ルソーの自伝にある言葉を用いて貶めたものと思われます)。本作のアントワネットは全く魅力的では無く、さほど重要人物では無いと感じたので、平野綾さんを起用するまでも無かったと思います。アンドレは良かったです。宝塚歌劇団や黒木瞳から離れて、原作通りじっくり作って欲しかったです。有名な主題歌「薔薇は美しく散る」が流れないのも、盛り上がらず酷いです。
PV?
劇場に観に行く機会を逃したので、ネトフリで視聴しました。
自分は「ベルサイユのばら」というと宝塚(安奈淳とか鳳 蘭とかの時代)が思い浮かぶか、1979年公開の実写のカトリオーナ・マッコール主演の「ベルサイユのばら」になる。
宝塚のきれいな「ベルサイユのばら」を観ていた小学生当時、なんとなく家族で行ったカトリオーナ・マッコールの「ベルサイユのばら」、その中でオスカルが自慰行為をするシーンを見て、小学生だった自分は衝撃を受けた。
そして、2025年版のアニメ「ベルサイユのばら」の話、これはPVなのか。
ミュージカル的ともいえるけれど、さらっと歌で話を進める。
その辺は宝塚のイメージがあるから 逆に物足りなさを感じるけれど、つまるところPVアニメに見えてしまう。
「ベルサイユのばら」を110分程度でまとめるのだからかなりの端折り具合でもある。
最近のアニメの傾向だと2部作とか3部作にしちゃうのだろうけれど、それをしなかったのはよい判断だと思う。PVのようにみえるのは、そういう判断からの構成演出のせいなのかもしれない。
よくまとめきった
ネトフリで配信解禁となり早速見ました。
漫画未読・昭和のテレビシリーズを劇場版公開記念youtube配信で見ました。テレビシリーズは10年前にも全話視聴。宝塚版未見。
約2時間の映画作品にまとめるために、思い切った取捨選択でしたね。
「ベルサイユは大変な人出ですこと」の名言が出るデュバリー夫人とのバトル。
ポリニャック夫人の暗躍。
ド・ゲネメ公爵、ジャンヌ等々、物語を盛り上げる素晴しき敵役のエピソードが、劇中流れる映像のみで表現。
オスカル、アントワネット、フェルゼン、アンドレの恋物語にフォーカスを当てるのは必然だったかと。ロザリーの出番も相当抑えられたものになったのも、止む無し。
時間的制約の中で劇場版での解釈も
・アンドレの目の怪我が黒騎士との戦いではなく、民衆の暴動からオスカルを守るため
・アントワネットの恋を密告する手紙でルイ16世にバレる事。その上でアントワネットの心情に理解を示すシーン。(テレビ版ではなかったかと)
・オスカルとアンドレの結ばれるシーンの違い(劇場版の方がとても自然ではある。テレビ版は無理があるがドラマチックではある)
・アンドレの亡くなるシーン
・オスカルの亡くなるシーン
個人的には許容範囲の演出と感じます。
一方個人的に違和感を感じる演出もありました。
・劇中歌が今風すぎて、とても違和感。ミュージカルのような演出は宝塚ファンに向けた演出で良いのですが、曲のイメージを個人的にはクラシカルにして欲しかったですかね。
・アントワネットとフェルゼンが結ばれるシーン、ハートがキュウピーンと光り、天にビームのように登るのはやり過ぎかと(笑
・女子漫画の古典的表現方法の「驚きの白目」「目元の縦線」に、少し笑ってはしまうも、これは良い演出だと思います。
・アランの無骨さは昭和版のほうが・・・・とはいえ、今の時代はこのくらいのマイルドさで良いのでしょうね。
違和感はあるのですが、私個人がおっさんなので作品のターゲット層ではないことは十分理解をしているので、これで良いと思います。若い女性ファンの掘り起こし、昔からのファンに向けているし、4人の恋模様がメインなので良いと思います。
現代の解釈に戸惑いを感じながらも、物語とキャラクターの芯がしっかりと立っているので本作品も楽しいし、感動します。「良い悪い」ではなく「好きか嫌い」か(それも2択という極端なものでもありません)
あとはオスカル役の沢城みゆきさん、素晴しかったですね。彼女でなければ今のオスカルは表現出来ないだろうと思います。様々なシーンでその時の感情がしっかりと伝わりました。
あわせて、アントワネット役の平野綾さんも、天真爛漫な少女からオスカルとの別れのシーンの重厚な演技素晴しかったです。
記憶を呼び戻された
遠い遠い昔、原作をコミックスで読み大好きになりました。
アニメも全部観てました。
今回の映画化には最初「うーん…」という気持ちで。
映画館に観に行く時間はあったのに、結局行かないままで上映期間は過ぎましたが。
本日、配信に上がっていることを知り、午後から鑑賞。
ああどうして私は封切り初日に行かなかったのか!!と自分を責めました。
皆さんがおっしゃっている通り、アニメではものすごーく改ざんされて釈然としなかった数々の名場面が、いろんなところに散りばめられていました。
自分でもびっくりするくらい、原作のセリフや描写を覚えていました。
二時間にまとめることは不可能なんじゃない?と思っていましたが、例えばポリニャック夫人に
話しかけて屈辱で泣くシーンなどがサクサクっと流れて!
おおお!と!笑
何よりも、オスカルとアンドレのあのシーンの
時の、オスカルの恥じらう顔の描写に、今回の作品の本気を感じました。
あそこ、原作にものすごく忠実でした、忘れ難いのですよ、あのオスカルの表情は。
と、ついつい熱く語りたくなるほど。
熱いお話とは対照的にエンドロールで字幕で語られるフランスの史実がとても淡々と恐ろしく、ああそうだった、この後…と。
原作のラストも思い出しました、フェルゼンの最期の描写の残酷さ。
この物語はあくまでもフィクションなのですが、ものすごく丁寧に歴史に基づいて描かれているので、歴史とか苦手な私でも、フランス革命のことだけは詳しくなりました。
また原作を読みたくなりました。
色褪せない作品だと改めて認識しました。
ミュージカル仕立てではありましたが、どの曲もきちんと合っていて、後ろにも原画の一コマ一コマらしきものもたくさん流れていて大満足です。
訂正。
マリーアントワネット が話しかけて屈辱を覚えるのは
ポリニャック夫人ではなく、デュ・バリー夫人でしたね
大事なことなのできちんと訂正させていただきます。
感動しました
心の自由に従って、哀しく、誇り高く、美しく、咲き乱れたベルサイユのばらたち
原作は池田理代子の名作漫画。
それを基にしたTVアニメや宝塚による舞台も有名。
キャラも絶大な人気。特にオスカルは、アニメキャラとしては『あしたのジョー』の力石に続いて2人目となる葬儀も行われたほど。
一世を風靡した名作が、令和の時代に再び幕を開ける…。
あまりにも有名な作品やキャラは知っているが、作品をしかと見るのは初めて。
さあ、フランス革命時を生きる人々の激動の人生と華麗なる愛の世界へ。
国内情勢揺れる18世紀後期のフランス。
王位継承者・ルイ16世の妃として隣国オーストリアから嫁いできたマリー・アントワネット。時に14歳、両国の政治的同盟の為の政略結婚だった。
マリーは近衛士官のオスカルの美しさに目を奪われる。が、オスカルは、将軍であった父から“跡継ぎ”として教育を受けた男装の麗人であった。
マリーはオスカルに全幅の信頼を寄せ、オスカルも親衛隊長として忠誠を尽くす。
ルイ15世が崩御し、ルイ16世が即位。マリーも王妃となる。そんなある時、スウェーデンから伯爵フェルゼンが訪問。
オスカルはフェルゼンに想いを。が、フェルゼンはマリーを。マリーも王妃という身でありながらフェルゼンに。
許されぬ想いを抱くのはもう一人。オスカルの従者アンドレ。
そんな彼らを、時代の荒波が押し寄せる…。
原作は10巻から成る大長編。
それを2時間の尺にまとめるのは無理。ダイジェスト的なのは否めない。
原作漫画やアニメ、昔からのファンには物足りないかもしれない。
が、要所要所のハイライトや見せ場は設けられ、私のような初見者や新しい世代が見る為の“入門編”としては最適。その為にも作られたのだろう。
前半は4人の関係や人間模様が華麗に展開。
「パンが無ければお菓子を食べればいい」という発言で困窮の人民を尻目に贅沢の限りを尽くした事で知られるマリー・アントワネット。
若くして嫁ぎ、宮廷内の周囲からの視線や世継ぎの出産のプレッシャーで孤独を感じていたマリー。それが贅沢三昧の嗜みへ。オスカルは危惧する。
そんな時出会ったフェルゼン。勿論国王を愛してはいるが、心から惹かれるものは無かった。
フェルゼンに対して初めての恋。自分の自由な気持ち。
フェルゼンもマリーを愛す。結ばれぬ許されぬ恋である事は承知。フェルゼンはマリーを愛する為、独身を貫く。
オスカルもまたフェルゼンに結ばれぬ許されぬ想いを抱く。彼の想いはマリーに向けられ、王妃の想いを近衛隊長であるオスカルが想いを抱く事は出来ない。
アニメ史上に残る名キャラと言っていいオスカル。
女性としての容姿端麗、美しさ。男性として育てられ、誇り高さや勇ましさ。聡明でもあり、儚さも滲ませる。女性から見ても男性から見ても魅力的。その魅力に納得。田島令子の声優としての当たり役だが、今の時代なら美しさと強さを併せ持った沢城みゆきはベストなキャスティング。
美しきキャラたちが織り成す人間関係の中、身も心も一番のイケメンはアンドレと言えよう。
オスカルの乳母の孫。オスカルの従者だが、オスカルとは幼馴染みや兄弟姉妹のように育つ。
常にオスカルの傍に。オスカルへ、彼もまた結ばれぬ許されぬ想いを抱いている。
ある時暴徒からオスカルを守り、片目を失明。やがてもう片方の目も視力が…。
現世でオスカルと結ばれぬ事に苦しみ、オスカルを連れ立って来世へ旅立とうと…。それほどの深い愛。
アンドレの想いを知らないでいたオスカルだったが、やがてその想いに気付く。彼の苦しみが私の苦しみ、彼の喜びが私の喜び。私のアンドレ!
ある運命の前夜、二人は遂に結ばれる。将来も誓い合うが…。
4人各々が持つ哀しみや想い。
後半になるにつれ、オスカルとアンドレのラブストーリー。前半比重の大きかったマリーとフェルゼンは蚊帳の外…。
ミュージカル調の演出も賛否分かれているよう。が、宝塚歌劇にもなっている訳だし、これはこれで。
登場人物たちが歌い出すのは後半の一曲ぐらいで、オリジナル楽曲の数々が登場人物たちの心情や作品世界を彩る。
流麗な映像美も相まって、たっぷり堪能。
が、2時間ずっとミュージカル調演出×4人の織り成すラブストーリーだけだったら飽きが来てたかもしれない。
後半は寧ろ、史実絡むドラマに胸熱くさせる。
国内情勢はさらに不安定に。
人民たちの暮らしは困窮と貧困のどん底。日々の暮らしも、食べるものも、明日をも知れぬ。
その不満や憤りは王室へ。王室は衛兵隊で鎮圧。
各地で着いた火種は遂に、大きな炎に。フランス革命の始まり。
オスカルは人民やフランスをもっとよく知ろうと、近衛隊を辞し衛兵隊へ移る事を願い出る。マリーは当初反対するが、オスカルの意志は揺るがない。それは二人の決別も意味していた…。
オスカルが配属された隊は、貴族出身で女の隊長に反発。
兵は皆、人民出身。兵たちもその家族も苦しんでいた。
隊内で起きた不祥事をきっかけに、互いの信頼が築かれていく。オスカルは隊に、“心の自由”を説く。
人民と王族が遂に衝突。立ち上がる人民に、王族は武力で制圧。
人民を守る筈の軍が人民に銃や砲を向ける。無慈悲に攻撃を…。
フランスは誰のものか…? 権力を貪る一部の王族や貴族や軍のものか…? それとも人民か…?
オスカルも決断迫られる。権力の犬として付くか、人民と共に闘うか。
心の自由に従って。迷いは無かった。
アンドレ、そして隊と共に。
自由、平等、友愛。
人民と愛するフランスの為に。
だが、その闘いの中で…。
どの国にも壮絶な歴史がある。
日本なら戦前~戦後の大転換、韓国なら民主化。
自国や隣国ならまだしも、歴史的に有名でも18世紀のフランスの革命などなかなか知り得ない。
それをただ学校の授業で習っても興味持てない。実際私も習った筈なのに、ほとんど覚えていない。
しかし、こうやってエンタメとして見せる事で改めてよく知れる。
一見は美しきキャラたちが織り成す恋愛模様だが、その根底にはフランスの歴史をしっかり昇華。
池田理代子女史の手腕と作品が今尚愛され続ける理由が分かった。TVアニメの方も見てみたくなる。
ノンフィクションの歴史を背景に、フィクションの物語やオスカルなど架空のキャラも。
が、モデルは居た筈だ。名も無き英雄たち。
本当に誇り高き英雄、人民たち。
彼らを忘れない。
心の自由に従って。哀しく、勇ましく、美しく。
咲き乱れたベルサイユのばらたちよ。
タイトルなし
原作、アニメの大大大ファン!
イメージ壊れるちゅうねん!と思い劇場に足を運べなかった作品
Netflixで配信が始まったため観賞しましたが…
これが物凄く良かったんですな!
私の中ではオスカル様の声は田島令子しかあり得んかったけど、沢城みゆき素晴らしかった
全く違和感なく惹き込まれたし
本当に原作に忠実に描かれてて、聞きたかった台詞も聞けて満足やった(オスカル様とアンドレのラブシーンは、えっ!?そこまでやってくれるん?って思う程笑)
最初はミュージカルにする必要ある?って思ったけど、必要あります!
只今、映画館で観なかった事を激しく後悔中…
やっぱオスカル様の最後の台詞は「アデュー」より「フランス万歳!」の方がええな
今日の16時が配信開始なので、さっそく見ました
私がものごころついたころには漫画の方は完結していて、小学生でテレビアニメを見て、劇場版アニメを見て、実写版映画を見て、宝塚のベルばらを見て、それから何十年経ったのでしょうか。
今作の『ベルサイユのばら』アニメ劇場版が再び作られるというので、今日がネット配信開始日で、自宅で鑑賞しました。
何が変わって、何が変わってないのか、大きく変えられたらいやだけど、作画のテイストは変わらず(より繊細になっていました)ほっとしましたが、誰に遠慮することなく、「くさむらに名も知れず咲いている花ならば~」と、歌いながら、思い出に浸りつつ、なつかしいベルばらの世界に浸ることが出来ました。昔みたベルばらとストーリーが少し異なっているのは、映画の枠に収めるため、よくあることなので、細かいことは気にしません。大筋があってればOK!
ほぼほぼ最高の気分で見てたのですが、すごく違和感があったのは、音楽でした。
まず、アニメの主題歌が、いつまで経っても流れてこない!!
今作の音楽は私には合わなかったなあ。
従来のベルばらだと、フランス革命当時の音楽でも革命に合ってる音楽や、ベルサイユ宮殿の中に流れている音楽、街に流れている音楽が、チェンバロの演奏とか、当時の音楽を効果的に使っていたんですが、ディズニーアニメを意識してるのか、ディズニーアニメのミュージカル風になっていて、これはこれで、今の若い世代の人たちには受けるのかもしれませんね。
ただ私は、音楽は昔のバージョンの方が好きだなあ。
エンディングの最後の、最後のおまけでいいから、「薔薇は美しく散る」と「愛の光と影」も、今作の主題歌「Versailles – ベルサイユ – 」を歌った絢香さんに、歌ってほしかったなあ。
「ベルばら」は伝説の作品で、「薔薇は美しく散る」と「愛の光と影」は私たちの世代の人は気が変になりそうなくらい作品に感動しながら、主題歌をくり返し歌って、ベルばら愛を育てて来たんです。あの主題歌がないと、ロス感があって、さびしい、というか物足りないんです。
少女時代にベルばらが大流行してオスカルやアンドレの恋の行方に夢中になっていたころは、フランス革命は海の向こうの歴史物語で他人事でした。最近は日本国内で米の値段が高騰して、台湾有事で沖縄の子供たちを疎開させる可能性を日本政府が検討しているとか、不安を感じることが増えてきました。政情不安の時代はこないでほしい。フランス革命のようなことを起こさなくても、皆が幸せで暮らせる世の中であってほしいです。
全294件中、1~20件目を表示
映画チケットがいつでも1,500円!
詳細は遷移先をご確認ください。