森の中のレストランのレビュー・感想・評価
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【”折角天から授けられた命を、自分で断っては絶対にイケナイ!”キツイ映画ではあるが、懸命に父からのDVに耐える少女を演じた畑芽育さんの姿が印象的な作品。】
■無表情で森の中を歩く京一(船ヶ山哲)。木の枝にロープをかけて自殺を図るが失敗する。そこへ偶然通りかかった猟師の欣二は、京一を介抱しながら「なぜ死ぬ?」と問う。
実は、京一は幸せな家庭を築いていたが、愛娘京香を、飛び降り自殺の巻き添え事故で失っていた。それ以降、京一は妻とも別れ、森の中で”最後の晩餐レストラン”を開業する。
◆感想<Caution!内容に触れています。>
・エンドロールを観ると、今作はコロナ禍で急増した自殺を考えている人達に向けて、メッセージを送った映画の様である。
映画の出来としては、3.0が妥当だと思うが、映画製作理由が上記である事を信じて。3.5とする事を記載する。
映画とは、場合によっては人を救ったり、癒したりするものであるのだから。
・今作は、矢張り余りにも哀しい父親から虐待を受けている少女を演じた畑芽育さんの、自殺を思い詰める表情と、京一のレストランで働き始めた時の明るい笑顔のギャップを演じ分ける0歳から女優をやっているキャリアが支えている映画だと思う。
・そして、愚かしき父親はDVを受けていた母親(佐伯日菜子)から激しく殴打され、少女は再び”森のレストラン”で働き始める。
京一は、自分の娘を失う原因となった飛び降り自殺をした青年の両親をレストランに招き”お二人も、息子さんを亡くされたのに、私は娘の事しか考えていませんでした。”と告げ頭を下げるのである。
<今作は、DVの愚かしさと、命の大切さを考える静謐な作品なのである。メイン舞台になった、レストランの周囲の自然の美しさにも、癒されます。>
心が揺さぶられました。
オススメに流れてきたのを何の事前情報もなく鑑賞。
タイトルと、紹介文の"自殺"っていうワードに引っかかって、オープニングだけ観てみるかと思ったらそのまま最後までいっちゃいました。
飛び降り自殺で他人を巻き込んじゃったら、飛び降りた方は傷害致死で有罪になるのかな、残された家族は大変だ、、、とかぼんやり考えてたけど、そういえば「息子の遺書です」って見せられてた内容は、どんなものだったんだろう。
許さざるを得ない内容だったんだろうけど、娘を殺された上に、あんなに仲良さそうだった夫婦が別れることになったんだよね、、。
あんなに人通りのあるところで飛び降り自殺したら、誰かを巻き込む可能性は充分にあるし、そうはならずに済んだとしてもソレを見せつけられた人は、一生残る心の傷を抱えることになる。
PTSDも酷いと日常生活ができなくなるからね。身体的には無傷でも、精神的に他人を殺すことにもなり得るんだよね。
って、この映画の言いたいこととズレてるかな。でも私はその場面でそう思った。
自殺する時は、全く迷惑をかけないのは無理だから、なるべくキレイにひっそりと死ねる方法を選ぶことにしようって。
いや、今のところその予定はないけどね。
DVは、私は幸運にもわからないんだけど、心まで支配されちゃって、到底立ち向かうことなんてできないって言うよね。
逃げ出すことすらできないって。
あの状態のサヤが死を覚悟して逃げた先に、マイロがいて良かった。
京一がいて良かったではないんだよね。京一にとっては、まだ人を助けられる精神状態じゃなかったから。
逆に京一にとって、亡くなった娘も好きだったバジルのスパゲティを美味しそうに食べたサヤの存在が、救いになった。
あの期間の京一は、サヤに依存してたもんね。
だからサヤが連れ戻されて、京一はまた死を選ぼうとして、マイロが助けてって、、、マイロ、エライな〜(T . T)
村の青年の、虐待かもっていう言葉には、私もアンタたちのせいだろ!と思ったけど、京一はそこでやっと気づくんだよね。
誰かのために心が動いてることに。
サヤがされた最後の"躾"が衝撃だったけど、それを知ったお母さんの怒りがどっちに向かうのかが一番ハラハラした。
京一に「ご心配には及びません」って言ってサヤを逃がそうとしなかった時は悲しかったけど、その後の言動に救われた。
お母さんも苦しかったよね。
ゲートキーパーっていうのは、その言葉すら知りませんでした。
私はなんて平和な生活を送ってるんだろうって思いましたね。
ゲートキーパーは、職業にしてる人もいるのかもしれないけど、普段の生活で人と関わるどこかの一瞬で必要になるかもしれない知識ですね。
とりあえず、厚生労働省のサイトを見てみようと思います。
テーマが重いけど、音と光がとても綺麗な映画でした。
あのレストラン、一度は行ってみたいと思わされましたね。
天気のいい昼間に。
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