劇場公開日 2023年2月23日

「今こそ映画に包み込まれたい人へ」エンパイア・オブ・ライト 清藤秀人さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5今こそ映画に包み込まれたい人へ

2023年2月26日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

泣ける

1980年代のイギリス南東部の街、マーケイドには、海風と一緒に時代を過ごしてきたようなアールデコ風の映画館、エンパイア劇場があって、そこでは『炎のランナー』('81)のプレミアが開催されている。アカデミー作品賞とヴァンゲリスのシンセサイザーをフィーチャーした音楽に同作曲賞が贈られた、当時の英国ブームを牽引した話題作だ。そんな時代をリアルに知っている映画ファンは、監督のサム・メンデスが自身の映画体験を基に綴ったという本作の世界観に、思わず惹き込まれるに違いない。

物語の主人公はエンパイア劇場で働くベテランの受付係、ヒラリーと、新米の従業員、スティーヴンだ。どちらも心に傷を持つ2人が、あっという間に心を通わせ、関係を深めていく過程と、さらに、サッチャー政権下の人種差別という社会問題が描かれる。常に精神が不安定なヒラリーのキャラクターはメンデスの実母がモデルだそうだ。

そんな風に、扉を挟んだ映画館の内と外では生々しい人間の営みが繰り広げられている。そして、人々を見守り、抱きしめ、やがて、挫けた心に希望の光をそっと灯すのが、映画と映画館だ、というのがメンデスのメッセージだ。これは創作活動が禁じられたパンデミックの最中だからこそ生まれた映画へのアンセム。ところどころ説明不足が目立つものの、今こそ映画に思いっきり包み込まれたいという観客の願いに間違いなく応えてくれるはずだ。

清藤秀人