「観ておいて本当に良かった」TAR ター JYARIさんの映画レビュー(感想・評価)
観ておいて本当に良かった
前情報なしで観たのだが、
想像以上にずっしりと重い映画で、
本当に気分が重い。
誰かと思えばトッド・フィールド。
流石ですわ…。
セクシャルマイノリティを加害者にすることは
NGだと思っていた。
しかし、この映画はやってのけた。
観客は進んでいるのだから、意図も分かるはず、そんな気概を感じさえした。
当然の話なのだが、どんな人物から向けられたって、暴力は暴力だし抑圧は抑圧なのだから。
しかし加害者だけにフォーカスを当てたこの映画が
本当に賞賛できるものかと言われれば微妙である。
被害者の姿は全く見せず、自殺したと口頭で伝えられるのみなのだ。
主題が別にある、と言われればその通りなのだが、余りにもそっけない。
(『ウーマントーキング』の予告後に鑑賞したせいもあって、余計にそう見えた)
映画として、一言で表すことは難しいが、
個人的には「ターはどのようにして加害者になったのか」的な見方をした。
ターは自身の権力を利用して周囲に圧力をかけ暴力を振るった。
ターの生活を見る限り、完璧なパワーカップルに見えるし、その生活や言動、ビジュアルからもカリスマ性を感じる。しかし、追っていくにつれて、そのヴェールが剥がれていく。まるで、ター自身が否定しているような男たちと同じような心根が暴かれ始める。
指揮者を目指してきたターは同じ指揮者の偉大な先人たちに憧れ、彼らのようになりたいと思って生きてきた。しかし、時代が時代だった。憧れた先人たちはほとんどが白人男性だった。社会が彼女をそうさせたのだ、とも言える。
最後には「地獄の黙示録」の遺物の話が持ち出される。ターがそういった社会の上で育ってしまった負の遺産だと言わんばかりに。
(加害者を擁護する訳ではなく、そういった背景がターにはあった、という話)
ただ、男に指揮をとらせない、と女が先頭に立つことは暴力や圧力無しにも全くもって可能な話だ、とは言いたい。言えるような社会になってほしい。それが本作の目的ではないだろうか。
鑑賞後、どこからターがおかしいと気づいていた?と挑発されるような作りの構成で、観客もモラルを問われる。(ヒザ触るのはアウトだし、ロボットなんて言ってた時点から怪しいのだけど)
最後の最後、発展途上国の残酷な女性たちの性的対象化を目にして、ようやく自分のしてきたことに気がつく。過去に自分がした言動は消えやしない。重石となり、残り続ける。それでも指揮棒を離さないター。この先、どこへと向かっていくのか。
リヴェラ・ターという人物像に関して、思い起こしたことがある。
アンジェリーナ・ジョリーが演じた『17歳のカルテ』の登場人物、リサだ。
彼女も、身につけてしまったカリスマ性を利用して、周囲を翻弄していた。(施設に長年いるという意味では権力者とも言える?)
リサも最後には、ボロボロの“悲しい人“と言われるような姿になっていた。
本作ではその過程を、ケイト・ブランシェットという超一流の役者が、本当に素晴らしく演じきってました。
追記。
これは「ロールモデルを持てなかった人の話」でもあるのかな、と思い始めた。
ある職種を目指すも、そこに自分と同じ条件で戦っている人間はいなかった。だから、戦い方が分からなかった。どう進めばいいか分からなかった。音楽に対して真っ直ぐに進むには、彼らの枠に自分を当てはめるしかなかった、そんな話かも。過去に実績の少ないことの難しさを示す作品でもあったのかなと。だから歪んでしまった。どんな理由があるにしろやってはいけないことだが、そんな背景があると思うと本当に絶望するよ。
2023/6/22 2回目の鑑賞
とにかくクールで知性と静寂をたのしんだ。2回目だが全く飽きること無くむしろ前回よりも短く感じたくらいである。
静かにしたたかに進むが、テンポがいい。
ただ今回でさえも意味を見落としているんじゃないかと思う程で、シナリオとか文字で読みたくなった。しかし以前よりもター個人について考えてしまい、彼女の欠陥がよく分かってしまった。