そばかすのレビュー・感想・評価
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恋愛至上主義の社会の中で
他者に恋愛感情を抱かない女性の葛藤を描く作品。社会はなぜか恋愛至上主義的にできている。社会を構成する上で結婚制度は大きな柱となっていると言えるが、結婚とは愛を持ってなすことだというのが、なぜか大前提となっている。「恋愛」という日本語は明治期に成立したと言われるが、それ以前の時代では結婚は個人のものというより、家と家のためのもので経済的事情によるものだった。明治になって西洋化の一貫で、愛の結婚という概念に置き換わっていったに過ぎない。つまり、愛の結婚は、別に絶対の真理でもなんでもないわけだ。
江戸時代の家のための結婚が良いというわけではないが、現代社会にもふさわしい社会の在り方や結婚制度があってしかるべきではないか。必ずしも性愛によって結びつくものじゃなくてもいいのではないか。むしろ、そろそろそういう新しい制度や習慣のあり方を模索した方がいいのではないか。
この映画はそういうことを考えさせてくれる。近代の社会を支えた制度自体がもう合わなくなってきているんだと思う。そういう意味で、本作の主人公は全く珍しい存在じゃないし、多くの人の共感を呼ぶはずだ。
自分らしくいることで
恋をするのが普通と思っている人たちは決まって、「好きなタイプは?」「彼氏いる?ほしくないの?」などと聞いてくる。少数派のひとたちは、大多数派のひとたちに”普通の人たちにとっての前提”で聞かれてしまい、その場の取り繕いで嘘をついてしまう。変な人とみなされてしまったり、本心を言っても信用してもらえないことが多いから
そんな普通な人たちに囲まれながら生活している佳純はとても生きづらそう。
ひとりひとり人間は違う、ゲイだからって一括にまとめるが、少しずつみんな違う。
カテゴライズ、枠にとらわれないふうに言うと、陽キャ陰キャ、いじられキャラ、真面目キャラ、多面性があってこそ人間なので、ひとつのカテゴリーで括れるものではないと思う。
だがカテゴライズが悪いばかりではなくいいように作用することもあると思う。
アセクシャルとかゲイとかいう固有名詞もそういうひとが声を上げたことで生まれたもの。自分と似た人や同じ人がいるっていうだけで心強かったり安心できたりする。
自分らしくいるということで他人に勇気を与えることに繋がることもあるんじゃないか?と思わせてくれる映画。
多様性を叫ぶ
つくづく人間て、男とか女とか、同性愛者とか、カテゴリ付けしたがる。人が集まるとついそう言う話になる。男女でいるとそういうくくりにされる。自分もきっとそう。こちらの何気ない発言が相手を傷つけているかも。シンデレラの話、最後まで見たかったし、子供達にも見せてあげてほしかった。
見えない境界線
この映画で表現する、普通を定義をしておく。女性は「年頃になると結婚し子供を産むことが幸せ」ということを普通と定義する。ヒロイン佳純の妹、睦美はこの普通どおりに生き今身籠である。佳純は三十歳を超えても付き合っている男性もいないことから、普通の概念に支配されている母親から強引に見合いの場を設定されてしまう。
佳純は、普通ではない「恋愛感情、性欲」を持てない女性だ。佳純役の三浦透子が男性からアプローチをかけられると戸惑った無機質な表情が彼女の普通とは異質な特性を表現している。家族にも社会にも男友達にも誰も佳純の異質性を理解されない。佳純は砂浜に座り海を見つめているシーンが何度も描出される。佳純の諦観に似た表情の哀切さがたまらない。
佳純が砂浜で寝転んでいる時、偶然中学の同級生真帆と出会う。二人は、キャンプに行き意気投合し友達付き合いを始める。真帆もまた元AV女優という普通とはかけ離れた異質な世界を生きてきた女性だ。しかし佳純は真帆の生き方を無条件に肯定する。異質な人間は異質な人を理解できるのだ。二人が親友のごとく付き合う姿が微笑ましい。
佳純が勤める保育園でのデジタル紙芝居の発表で佳純と真帆が考えた「シンデレラ」の挿話でのトラブルは、異質さを普通の人間が安易に認めない証左だ。この時佳純が「すみません」と言って頭を下げるのは自己否定だ。普通の力に屈した佳純が切ない。
佳純は「宇宙戦争」のトム・クルーズが逃げて走るシーンが好きだと言う。その走り方は佳純自身だからだ。ただ保育園の同僚が佳純と同じ異質で「同じ人がいるのなら俺もこのままでいい」と言われる。自分と同質の仲間を知り「私は異質のままでいいんだ」と気付いたとき、佳純は、逃げるような走り方ではなく普通という強固な境界線をようやく超え初めてどこかに向かう力強い走り方とあふれる笑顔を見せ本当の自分を自己肯定できたアサダアツシの脚本と玉田真也の演出による秀逸なエンディングに救われた思いがした。
流されない生き方
共感した。なぜ母親は結婚しろとうるさいのか。
異性の友人と一緒にいるとすぐに恋愛に結びつけるのか。おひとりさまは寂しそうと決めつけるのか。
楽しみ方は人それぞれです。このままでも良いじゃないか。
それでいいんだよ
これを見る直前に「正欲」を観たのだが、正欲での神戸八重子を重ねてしまった。八重子と佳純は真逆の性格だけど、他者(男性)に恋愛感情を抱かないという点で共通がある。
八重子はそもそも男性が苦手で近くにいるだけで発作を起こしてしまうような体質だが、佳純はそのようなナイーブさは持ち合わせておらず「自分は自分だ」という芯が通った性格。三浦透子さんのあのずっしりとした構えと貫禄のあるお芝居にはなんだか安心した。(ドライブマイカーでは虚無感が漂っていたが、本作では色んな感情が表れていてとても良いです。)
目の前に男と女がいたら、何らかの関係性を見い出したくなってしまうのが人間の性のように思える。恋人?夫婦?それ未満の関係性?…そのほかにも兄弟とか友達とか、友達じゃなくてもただの同級生とか、男女関係以外の関係性ってあるはずなのにね。あってもいいのにね。なぜ私たちは枠に当てはめたがるのだろうか。
佳澄を見ていると、「それでいいんだよ」と声をかけたくなる。家族に色々言われてもそれでいいんだよ、チェロを辞めてその後にまた弾いてもいいんだよ、自分の感情と無理に向き合わなくてもいいんだよ。 そう思えたのは、うつ病の父が佳澄に向ける眼差しや慰めの言葉があったからかもしれない。自分のことで精一杯なはずなのにさ、娘のためにチェロ手入れして…。父娘の何ともない短い会話が温かみに溢れていてとっても素敵だった。だから途中から、あの父のような目線で佳澄を見ていたのだなぁ。
あと、前田敦子さん演じる世永が実の父親に向かって激昂する場面があるのだが、あの迫真の主張も素晴らしかった。耳を本当に真っ赤にしながら、心臓から拳が出てきそうなくらいの演技…胸を打たれました。
多様性を考える1作
人を好きになるって、もしかしたら御伽話の「刷り込み」?。
そもそも恋愛って何?
「シンデレラ」の電子紙芝居。なるほど、今思うと確かにそうかも。
淡々とした中にも、少し訴えるものもあったかな。
主演・三浦透子さん、初見。
どうも田畑智子さんに見間違えてしまう私・・・。
ただ正しいことを正しく語る当たり前の一本。
引っ掛かり無し。
性志向の多様性を受容し、
無神経な弄りを非礼とする令和の世に、
ただ正しいことを正しく語る当たり前の一本。
非礼な奴が一人もいない世にはならない前提で
私だって生きている。
寧ろ表では多様性を受容するフリで、
裏では隠れて排除糾弾する陰険をこそ語るべきでは。
何か雰囲気的によかった。 実家に戻り、新たな出会いや再会があり、人...
何か雰囲気的によかった。
実家に戻り、新たな出会いや再会があり、人生を見つめ直していく。
男女間の友情は成立しにくいなと思ったり、女性ならではの生きづらさがあったり。
主人公たちが考えた「新しいシンデレラ」のデジタル紙芝居、最後まで観たかった。
同じような人がいて、どっかで生きてるんなら、それでいいや‼️
木村拓哉がキムタクであるように、蘇畑佳純だからそばかす‼️タイトル見た時はそばかすだらけの女の子の物語かなーと思いましたが、まさかの名前だったとは‼️やはりこの作品のキモは三浦透子ちゃん‼️30歳になっても恋愛感情がよく分からず、性欲もない‼️結婚願望もなく、一人で十分生きていけると自信を持っている‼️母に仕組まれた見合いで自分と同じ価値観を持つ男性と知り合い、友人になるもいつしか彼に恋愛感情を持たれたり‼️元AV女優の同級生と久々に再会し、親交を深めたり‼️仕事先である保育園でそばかす版 "シンデレラ" のデジタル紙芝居を制作して、お叱りを受けたり‼️そんなそばかすの周りには、見合い相手や元AV女優の同級生をはじめ、娘の結婚が心配な母親、夫に浮気されてる妊娠中の妹、バツ3のおばあちゃん、ちょっと鬱な救命士の父親、ゲイの同級生、そして職場の新たな同僚である年下の男性‼️そんなチョー個性的な登場人物たちに囲まれたそばかすの日常が、そばかすが幼き日より魅せられてきたチェロのメロディに乗せて微笑ましく描かれる‼️三浦桃子ちゃん多分チェロも自分で演奏してるんだろうし、エンディングの主題歌も歌ってる‼️素晴らしいですね‼️ラストの北村匠海くんの名台詞と、それを聞いて嬉しさのあまり走りだすそばかす‼️「宇宙戦争」のトムクルの走りに負けていないぞ、三浦透子ちゃん‼️人間はそれぞれ自分だけの価値観を持っている‼️他人に自分の価値観を押し付ける人もいれば、他人の価値観を理解しようとする人もいる‼️結婚することで幸せになれるとは思わず、チェリストになる夢も諦めてしまったそばかす‼️そのことに同情し手を差し伸べる人もいれば、そばかすはあまり気にしていない‼️物語は一面的に見るのではなく、もっと多面的に見たほうが、人生は楽しく充実したものになる‼️そう痛感させられた作品でした‼️
人それぞれ
そばかす、主人公のお顔にそばかすがあるのかな?なんて単純に思っていたら、そばたかすみさんお名前なんだ!
恋愛感情を持てないかすみ、母親には結婚結婚とせかされ、友達と一緒に暮らそうとしたら、妹にはレズと決めつけられる。感情は人それぞれ、結婚だって、したから幸せとも言い切れないよね。幸せの価値観なんてそれこそ人それぞれ。
真帆ちゃんと2人で作ったシンデレラのデジタル紙芝居、最後まで観たかったな。かすみは他の保育士さんたちに事前に相談はしなかったんだろうか。相談して説得して、普通のシンデレラとかすみたちのシンデレラと両方観せれば良かったのになあ。小さい頃から、価値観は違うということを考えることはいいことだと思うけど。子供たちには難しいかもしれないけど、母親達もいたんだし。
家族で食事する場面とか、わちゃわちゃした感じがとても良かった。焼肉の最中に、妹が旦那の浮気を暴露したり、(そこは2人だけの時にすればいいのに)かすみが気持ちをぶちまけたり、お父さんが泣き始めたり。お父さんも鬱で休職中、イロイロとぶちまけたい気持ちがあったんだろうか。お父さんが口数は少ないながら、チェロの手入れをしてくれていたり、常にかすみを思っているあたりも微笑ましい。最後のみんなで立膝ついての朝食場面も微笑ましい。
三浦透子、特別美人ではないけれど、雰囲気がとてもいい。こういう普通の役もとても自然。海辺でしゃがみ込んで思い耽ってる場面もとてもいい。歌もお上手ですね。
宇宙戦争のトム・クルーズ
ただ逃げるために走ってるだけ。だから共感できるし、好きになれる。
カッコ悪くていい。
100人いたら、100人考えることは違う。
自分と同じように、色んなことを失敗して、
人生ボロボロだけど、
同じような人が居るかもって思えたら、少し楽になるかも。
恋愛なしで生きていく。
恋愛感情を持つことができない女性の物語。
こういう設定の場合、その感情に逆らって、無理に恋愛しようとして
失敗する。そんなストーリーを思い浮かべてしまうのですが、
この作品は、その逆。自分の感情を受け止め、正直に生きていく
女性の姿を描いています。ただ、このパターンの方が、
ストーリーが単調になって、中だるみしてしまうんじゃないかな。
いい映画だと思うのですが、ちょっと退屈でした。
今泉力哉感ある巧みな会話劇と訴え
2022年劇場鑑賞102本目 優秀作 72点
正直2022年の最終盤で一番作品力高そうな邦画だと期待していましたが、少し中だるみを感じたけど、鑑賞から時間が経過しジワジワと評価が上がってきた作品
タイトルにもある通り作品の作りが今泉力哉感があって、狭い世界で人間についての葛藤をユーモアを交えて出会いや発見で成長していく作品です
登場キャラクターにそれぞれ分かり易い特徴があって、ゲイだったり元AV女優だったり兄弟からは主人公がレズだと思われていたり、多様性の中で少しずつ自分も周りも理解を深めたり寛容に受け入れたりします
今作はいくつも印象的なシーンがあって、家族団欒(?)食卓を囲んでいるときに伊藤万里華が彼に対して浮気の証拠を掴みその証拠物をぶん投げるシーンや、最後の北村匠海との出会いやそのデート先が当方お気に入りの映画館の横浜ジャック&ベティで物語最後の落とし方のそういう似た様な人がどこかで生きているだけでいい的な発言はこの上なくすごく秀逸でした
ただ、前田敦子演じる元AV女優との出会いが浜辺で黄昏ているときに里帰りした彼女に声をかけられるのですが、学生の時もあまり仲が良くないというか、あまり話さないクラスメイトくらいの間柄なのに、その出会いからの物語中盤がご都合主義だし、そこからの描きのどれに対しても取ってつけた感じがしてしまう(政治家の話とか保育園の紙芝居とか)
けど、観賞後から感じる随所に光る名場面や名台詞がじんわりしてきて結果として印象がいい作品です
是非
素直になりたい
自分らしく生きればいい
それに尽きるんじゃないでしょうか?男性であれ女性であれ、なにを自分が価値として生きるかなんて、それぞれに違うもの
この映画上映もさっと終わってしまい、やっとVODで観ましたが、日本の性のありかたの議論なんかを聞いていると、旧来の価値観に配慮や死守しようという、おぞましいくらいの不毛さしか感じない。
お見合いから始まり、アセクシュアルとして生きづらい世間を乗り越えていこうとする主人公の描き方は共感がもてました。
よい機会を与えてもらって、ありがたいでした。
当事者なので共感しすぎて辛い部分もあった
自分も同じようなことがあって、痛いくらいに刺さりすぎる映画でした
観に行くのが怖かったのですが、自分と改めて向き合うきっかけになりました
自分も周りからもとても仲の良いと言われていた異性の友人が居て、親友以上の関係になりたいという想いに応えられなかったことがありました
私は、人を愛するという感情は分かると思っています。飼っている動物に対する愛、家族への愛、友人への愛、でも、セックス、恋愛感情は分かりません
その出来事で親友を失いました
周りからもなんでそんなことしたのと責められました
ですが分からないものは分からないし、もう20数年、30も目前ずっとそんな感じです
当たり前のように恋愛ができるってなんだろうってよく思います
映画内でも合コンの場面の感覚、とても辛くて最初から体調が悪くなりかけました(それくらいリアルな表現で驚きました)
最後の部分では同じアセクシャル(個人個人の感覚は違うのでそのような明言は避けた方がいいのかもしれませんが)の人を見つけて意気投合みたいな感じで終わりますが、まぁ現実はそんなことも無くて、意外にもなく一人ぼっちだったりします
自分にはよく考えさせられる映画でした
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