「インド映画らしい圧倒的な熱量が炸裂!」ヴィクラム 緋里阿 純さんの映画レビュー(感想・評価)
インド映画らしい圧倒的な熱量が炸裂!
【イントロダクション】
インド、タミル語映画界の国民的スター、カマル・ハーサン主演・製作のアクション・スリラー。謎のテロリストによるテロ行為の犠牲者となった中年男性、彼の死の謎を追う若き特殊工作員、事件の鍵を握る巨大麻薬組織のボス。3人の複雑に絡み合う運命、激しい肉弾戦と銃撃戦が炸裂する。
監督・脚本のローケーシュ・カナガラージによる、ローケーシュ・シネマティック・ユニバース(以下、LCU)の第2弾(第1弾は2019年の『囚人ディリ』)。
【ストーリー】
覆面姿の謎のテロリストによって、麻薬取締局(NCB)の関係者らが次々と殺害される3件の連続テロ事件が発生していた。事件を追うジョーズ長官は、法に縛られない特殊工作部隊・ブラック・スクワッド(黒部隊)に捜査を依頼した。リーダーのアマル(ファハド・ファーシル)は、部下と共にIT企業事務所を偽装して街に潜入し、捜査を開始。彼は、一連の事件で唯一取締局関係者ではない2番目の犠牲者カルナン(カマル・ハーサン)の死に疑問を抱き、彼の素性について捜査を開始する。
調べると、カルナンは事件の1人目の犠牲者であるプラバンジャン警部補の養父であり、息子の死後、孫を溺愛して一日中酒を飲み、毎朝ゴルフに出掛け、娼婦の館に出入りするという自堕落な生活を送っていた。また、カルナンは麻薬中毒者の疑いもあった。
さらに捜査を進める中で、アマルは麻薬組織のボス、サンダナム(ヴィジャイ・セードゥパティ)が自身の縄張り内で消えた2つのコンテナの行方を必死に探している事を突き止める。サンダナムは、麻薬シンジケートのボスであるロレックス(スーリヤ)に政界進出の後押しをしてもらう代わりに、彼に2兆ルピーにも及ぶ大量のコカインの原料を提供する手筈となっていた。しかし、積荷が消えた事で取引に暗雲が立ち込め、自身や家族の身が危なくなっていたのだ。
アマルは、結婚を控えた恋人ガーヤトリの一言からカルナンの生存説を考えるようになり、彼の一連の自堕落な行動は、サンダナムをはじめとした麻薬ルートの活動を追う為の偽装工作だと考える。
一方、公共事業局職員のヴィーラは、劇場にてサンダナムの部下達と取引を行おうとしていた所をテロリスト達に襲撃を受ける。現場に駆け付けたアマル達は、テロリスト達と銃撃戦とカーチェイスを繰り広げる。ヴィーラは殺害されてしまうが、アマル達はテロリスト一味の1人・ビジョイ(ナーラン)の確保に成功する。調べると、その正体は麻薬摘発で功績を上げた果てに妻と子供を殺害された捜査員だった。
アマル達は、テロリストの次の標的が請負業者のルドラだと確信し、彼が出席する娘の結婚式に潜入する。ルドラはサンダナム達の護衛を受けていたが、テロリスト達は式の最中に行動を開始するーー。
【感想①】
本作は、LCUの第2弾として製作されているが、本作のみでも問題なく楽しめる作りとなっている。調べると、LCUの前作『囚人ディリ』(2019)から続いて登場するのは、麻薬捜査官のビジョイであり、彼の存在が今後のユニバースの拡張を示すのだそう。また、ラストで登場したスーリヤ演じる麻薬王ロレックスは、『囚人ディリ』でその存在が示され、本作で初めて姿を現した、MCUの『アベンジャーズ』シリーズにおけるサノスのような役割を持つ人物なのだそう。
更には、本作は主演のカマル・ハーサンが出演した1986年の同名映画の精神的後継作でもあるそう(続編という事ではない)で、ヴィクラムの過去はそこにオマージュが捧げられているのかもしれない。
話自体は、前半がミステリー要素を含んだアクション・スリラー、後半が謎の種明かしとアクションに分けられており、真相が判明する後半からはアクションも一気に加速していく。
ブルース・ウィリスの『RED』(2010)、シルヴェスター・スタローンの『エクスペンダブルズ』(2010)、『ワイルド・スピード ICE BREAK』(2017)におけるジェイソン・ステイサム演じるデッカードのパートを足したような作りとなっており、全体的に既視感はある。しかし、これらハリウッドアクション大作の要素を配合し、工作員による謎解き要素やインドらしい地域性を盛り込んでおり、単なるフォロワー作品に留まらない個性を放っている。
【情報の整理】
散見される「内容の複雑さ」という意見については、主にカルナンの素性と彼の起こしたテロ事件の真相に関する部分だと思われるので、ここで一度整理しておこうと思う。
カルナンは、本当の名をヴィクラム(Vikram)といい、1981年に創設された黒部隊の隊長だった人物。80年代に100を超える任務を成功させてきたが、1991年のたった一度の任務失敗が原因で、政府によって犯罪者に仕立て上げられ、部隊全員が命を狙われる事になってしまう。その後、彼を含んだティナ、ウッピリ、ローレンスの4名が消息不明となっていた。彼らは名前を変えて社会に潜伏しており、殺されたプラバンジャン警部補はヴィクラムの実の息子である。プラバンジャンはカルナンが実の父である事を見抜いており、養父として迎え入れ、孫の名付け親として生まれた息子(孫)に自身と同じ“ヴィクラム”と名付けさせた。
ヴィクラムは、プラバンジャン達とサンダナムのコンテナを強奪し、隠していた。コンテナの行方を追うサンダナムと、彼と癒着関係にあったジョーズ長官はプラバンジャンを捕え、コンテナの隠し場所を吐かせようとしていたが、カッとなったサンダナムが誤って彼を殺してしまう。
ジョーズは、事件をテロリストによる犯行に見せかける為に覆面姿で動画を撮影(1件目のテロ事件)し、警察に送った。ところが、ヴィクラムはプラバンジャンを殺害した真犯人を突き止め、麻薬のない社会を実現する為に、ジョーズ達が作った偽のテロリストと同じ姿で犯行を行い、まず自身の死を偽装(2件目のテロ事件)し、続いて麻薬取締局(NCB)の汚職捜査官ラージを殺害(3件目のテロ事件)し、その映像を警察に送ったのだ。そこで、ジョーズはアマル達現役の黒部隊に捜査を依頼し、2件目以降のテロ事件が誰の仕業かを探ろうとしたのだ。
【感想②】
主演のカマル・ハーサンは、御年70歳(撮影当時は67〜68歳)を迎えた大ベテラン俳優であるが、効果音やワイヤーアクション、スローモーションといった演出の補助が加えられているとはいえ、筋骨隆々な肉体と肉弾戦アクション、銃撃戦シーンは迫力がある。
クライマックスでM2機関銃を担いで仲間の援護に向かう姿ど、そこからのダイナミック自己紹介がアツい!また、彼だけが唯一、死亡フラグであるダイナミック自己紹介のフラグを回避した人物でもある。
アマル役のファハド・ファーシルは、ジュード・ロウを彷彿とさせる甘いマスクの正統派なイケメンといった風貌で画力があり、作品の前半部を引っ張って行かなければならない役割を十分に果たしていた。妻を失い、ビジョイと同じテロリストの道を進む事になった彼が、今後どのような活躍をするのか非常に気になる。
サンダナム役のヴィジャイ・セードゥパティは、麻薬組織のボスとしての厳つい風貌を披露しながらも甘い美声の持ち主。家族思いな一面から、アマルによって爆弾が仕掛けられた自宅から全員を避難させる件はクスリとさせられた。そんなサンダナムのキャラクターが面白く、青く光る結晶型のドーピング剤を摂取する事でパワーアップするというのも、ラスボスらしいハッタリが効いており良い。
彼の部下であり、息子の1人でもある小人症の男性キャラの、ペンチで相手のアキレス腱を切るという姑息な戦い方も印象的。
音楽のアルニド・ラヴィチャンダルによる楽曲の数々が素晴らしく、ノリの良いEDM調の楽曲からハリウッド的な壮大な楽曲、インドらしい民族的な歌曲までバラエティに富んでおり、作品を効果的に彩っている。絶えず音楽が掛かり続ける作風は好みが分かれるかもしれないが、個人的には大賛成。
特に、中盤のIntermission(休憩)前のサンダナムとカルナンが繰り広げるアクションの裏で掛かる『Sandhanam Theme(サンダナムのテーマ)』がお気に入り。“take it DOWN!(ぶちのめせ!)”という歌詞が繰り返される中での、それぞれの肉弾戦の要素はテンションが上がった。
スパイ映画のような前半の推理パートと後半の激しいアクション、全編を彩るノリの良い楽曲等、非常に濃密でテンションの高い一作なのだが、それ故にツッコミ所も多いのは確か。
・何故、ジョーズは冒頭でカルナンの誘拐事件を認知しており、部下を派遣して現場に向かわせる事が出来たのか?
・カルナン(ヴィクラム)は如何にして、息子の本当の死因を偽装した偽のテロリストの犯行動画を知り、彼らの手法を真似る事が出来たのか(酔ったフリをして警察署に厄介になった際に、ギャングの情報と共に入手した可能性はあるが)?
・ヴィクラムからの指示を待たねばならないローレンスが、独断専行したばかりにピンチに陥ってやしないか?
とはいえ、それら全てを帳消しにしてしまう程の熱量が炸裂しているので、結果的には「面白かった」という結論になってしまうから凄いのだが。
【総評】
インド映画らしさとハリウッドアクション大作映画らしさのハイブリッドな作風、それぞれの良いとこ取りをした本作は、171分の長尺をものともしない非常に見応えのある作品だった。
一本の作品として纏まってはいるが、今後の続編の可能性、強烈な個性を放っていたロレックスの単独作品の実現含め、続編製作とその日本公開を願うばかりである。
映画チケットがいつでも1,500円!
詳細は遷移先をご確認ください。