「山は、人を傷つけない」帰れない山 きりんさんの映画レビュー(感想・評価)
山は、人を傷つけない
同窓会やクラス会に行ったことはありますか?
僕はあまり学校を楽しまなかったせいもあり、また早々に地元ふるさとを離れたこともあって、「クラス会の連絡」にはいつも✕印でした。
実家の両親からは「○○さんに会ったよ、お前を懐かしく覚えておられて『くれぐれもよろしく、ぜひ会いたい』と言っておられたよ」の消息メールがしげく頻繁に届くのだが。
《かつての友人に会うという冒険》は、
それは、取りも直さずあの頃の自分に再会する ―ということなのかも知れない。
だから、あの頃の自分に出会いたくないなら、当然旧友との面会も、帰郷も、何となく避けてしまうわけなのだが。
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映画は時の流れを描く小説が原作だ。二人の男の子が成長をし、青年になり、中年にさしかかって、そうして大人になっていく様子を追う。
主人公のピエトロが、竹馬の友ブルーノに会いに行くこと、そして疎遠だった父親と新しく出会い直していくこと。このことのためには、彼ピエトロには随分とたくさんのきっかけと時間が必要だったのかもしれない。
ピエトロは ひ弱だ。
パブで見かけた《友人》に声を掛けずにやり過ごす。
ピエトロは父親とうまくいっていなかったし、逆に、その父親と何故かうまくいっていて 父に気に入られていたブルーノに対しては、 わだかまりとジェラシーがあったのだ。
原題 「 Le otto montagne ―8つの山」。
人生の八つの山をぐるぐると巡る。
山を巡りながら、人との出会いに、そして父親との長い時を経ての邂逅に、ようやくたどり着く「悟りの頂(=須弥山) への登頂」がテーマ。
その“登頂ルート”は、ピエトロを迎えてくれた《山》がすべて取り持ってくれたもの。
自伝的要素を織り込んだ小説がそのまま映像になったのであろう。山を愛し山で暮らす原作者=パオロ・コニェッティのこのしんみりとした出来映え。
繊細だ。文学的だ。
最初から最後まで地味な展開だが、
我が身を振り返れば、生まれてこの方、万事手探りで人生の地図に迷い、クレバスには落ち、登頂や縦走には失敗続きだった僕には、どのカットもどの言葉も 胸に迫るシーンの連続だった。
「ブルーノが山で死んだことへの、簡単には言葉に出来ない複雑な気持ち」が行間から滲んできて、この作品の奥の深さを感じざるを得ない
・父を盗った友人の死をどこかでほくそ笑むピエトロもいるだろう。
・父と息子が(父親の死後ではあったけれど) 心の再会を果たすためにその任を全うしてくれたその親友への限りない感謝もあるだろう。
当のブルーノだってわかっていたのだ、自分が“お邪魔虫”だったのだと。だからストーブに火を入れてピエトロに償い、バイクで自分のほうから迎えに来てくれた。
ブルーノもピエトロも父親がいなかったのだ。
辛かったのだ。
「山は、人を傷つけない」。でも人は互いに傷つく。
もはや山小屋に戻っても、ピエトロの人生に特に重要だったあの二人にはもう会えない。
でも「三色のペンでなぞる山の地図」はピエトロの一生の宝であり、これからの彼の人生の道標。
血色が良くなり、歩幅も肩幅も大きくなり、声も大きくなったピエトロがここにいる。
無音の長いエンドロールが たっぷりの、余韻を与えてくれる映画だった。
好きだなァ、こういうの。
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画面は四角。
赤い服、赤いニット帽、赤いシャツを着せて、いつも色白で弱かったピエトロの性格を演出し、ピエトロが画面の何処にいるのかをモンテローザの俯瞰で鑑賞者に教えてくれる、そんなカメラの優しさ・心配りも秀逸。
⇒ 髭面の二人の男になってもどっちがピエトロなのか必ずちゃんと判るようにしてくれてある!
東座の支配人 合木こずえさんは女映画の上映も上手だが、今回のような男映画の発掘の腕も◎
上映後、ドアを開けて送り出して下さいました、雪のように白く柔かなパンツルックでしたね。
「さあ、元気に出ていって自分の山に登りなさい」と背中を押された感じでした、
ありがとうございました。
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追記 2023年7月22日
ピエトロ中心にレビューをしたが、
ブルーノのことが気にかかる。
本を読めない自分のコンブレックスを語っていた。
都会からピエトロの友人たちが押し寄せてきて、ブルーノはその話題についていけずに無理をしていた。
都会の娘ラーラと結婚したがラーラの経理とアドバイスのもとで慣れない新しい事業を始めるが失敗。
借金を抱えて別居。
ピエトロの資金援助の申し出に怒りを爆発させて取り乱す。
etc.
聞いたことがあるのだ、
異文化の波が押し寄せると、その渦中に巻き込まれてペースを乱され・混乱する地元の人たちには、精神疾患が増えるのだと。
ブルーノは、もしかしたら自殺だったのかもしれないと 後から少し思った。
きりんさん コメントありがとうございます(⋆ᴗ͈ˬᴗ͈)
きりんさんのレビューを読んだうえで、もう一度しっかり鑑賞したくなりました。
素敵なレビューをありがとうございます。
今晩は
コメント有難うございます。
今作は、学生時代に行っていたネパールのポカラやナムチェ・バザールと思われる場所も映し出され、懐かしかったですね。
今作で印象的だったのは、山の魅力に惹かれ、山で生きた男と山に惹かれつつ都会で暮らすことになった二人の男の関係性でしたね。
あと、山は今作でも描かれているように、自然が変われば荒涼とした死の場所にもなります。
それでも30代後半までアルプスの山脈を観ながらエッセンを作り、バーボンを呑みながらランタンの灯を前に過ごす時間が好きでしたね。至福の時でした。では。