「映画評論家には高評価。しかし人間の醜悪な部分を抉りだし、観客の気分を気まずくさせる本作を好きになれませんでした。」逆転のトライアングル 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
映画評論家には高評価。しかし人間の醜悪な部分を抉りだし、観客の気分を気まずくさせる本作を好きになれませんでした。
男女の役割について考えさせる「フレンチアルプスで起きたこと」や、多様性への問いを投げかける「ザ・スクエア」など、人間の欲望と虚飾を辛辣に描きつつも、観客を気まずくさせる作品を撮ってきた(^^ゞリューベン・オストルンド監督。社会に遍在する格差を徹底的に風刺したこの喜劇で、カンヌ国際映画祭パルムドールを受賞したのです。
作風はそのままに、格差社会を描く本作ではシニカルなユーモアが過去の作品よりも先鋭的になっている印象です。わたしの好きなタイプの作品ではありませんでした。
人間のダークサイドを暴くセリフだけでなく、本作では吐潟シーンやあふれ出すトイレなど強烈な場面が次々と登場し、思わず目を背けたくなったほど。悪趣味スレスレの描写もありますが、限られた空間で最後まで飽きさせずに見せる手腕は見事でした。
3部構成の映画は、男性モデルのヤヤ(チャールビ・ディーン)と売れっ子モデルで恋人のカール(ハリス・ディキンソン)が狂言回し。置かれる状況に応じて2人の関係性は激変し、そこに性や経済、階級などさまざまな社会格差が暴露されていきました。
第1部では唐突に、殺風景な部屋での男性モデルのオーディション風景で始まります。そして女性モデルの華やかなファッションショーに続き、高級レストランで食事を終えた2人、机の上に伝票が置かれて、どっちが食事代を払うかで口論となります。「ありがとう。ごちそうさま」とカールが払うのが当然のように振る舞うヤヤに、カールは「昨日は君が払うと言った」と言い出していたのです。女性モデルは男性の倍を稼ぐといいます。どうして男が払うのかと怒るカール、私を養えない男と付き合うのは無駄とうそぶくヤヤ。男女間の力学がモデル業界では逆転し「対等でいたい」というカールの叫びが皮肉に響き、激しい口論が延々と繰り広げられるのでした。
第2部では、ヤヤと仲直りしたカールは、彼女がインフルエンサーとして招かれた豪華客船クルーズに同行します。客船内では、有機肥料で財を成したロシア人の男や、武器製造会社を営む英国人夫婦ら、くせ者のセレブたちと出会います。セレブたちはわがままし放題でスタッフを振り回します。彼らからの高額チップ目当てに彼らに隷属する白人船員たち。さらにその下層の船倉にいるアジア系の下働きと、船内のスタッフの階級は歴然とされていました。
しかしその頂点に立つトーマス・スミス船長(ウディ・ハレルソン)は、船長室に閉じこもり酒浸りの毎日を過ごしていました。無責任な船長は、乗客をもてなすキャプテン・ディナー中には渋々顔を出したものの、泥酔した乗客と意気投合。船長室にふたりで閉じこもり、船内放送で「共産党宣言」を読み上げるのでした。
その間船に嵐が直撃します。船酔いして嘔吐する乗客が続出。船内は下水が逆流し、吐しや物まみれになってしまいます。
そして圧巻の第3部。客船が難破して生き残りが無人島に漂着し、ヤヤとカール、乗務員、数人の大富豪が無人島に漂着。生き延びる方策を探る中、海に潜ってタコを捕獲したトイレ清掃員・アビゲイル(トリー・デ・レオン)が「ここでは私がキャプテンだ」と宣言するのです。アビゲイルの寵愛を受けるカールと、飢えるヤヤ。人間の卑しさがあまりにリアルに描かれました。
第1話の痴話喧嘩での一連の丁々発止は、監督自身の経験から着想したそうです。社会的にすり込まれた男女の役割への皮肉にも取れます。カールが吐く「対等でいたい」というセリフは、男女平等をうたう社会を味方に付けた虚勢なのかもしれません。
第2話での船長の無責任さには、ヘキヘキとしました。船内放送で自分の主義主張を喧伝し私物化。嵐が来ているのに乗客の安全を全く考えない酔っ払い船長には、全くリアルティを感じませんでした。
また観客が嘔吐するところや下水が逆流するシーンはここまでするかと、気分を害される映像が続きます。さすが観客を気まずくさせる作品に定評のあるオストルンド監督だけのことはあります。
そんな驚かされる映像のBGMに、頭を上下に振る動作を促すヘビーメタルをかける演出は爆笑必至です。
第3部では、アビゲイル役のデ・レオンの演技が出色です。舞台出身で、国際的な映画に初出演なのだそうです。うっぷんを晴らすかのように権力をふりかざし、男に色目を使う姿を生き生きと演じていた。
そしてネタバレになるので、紹介できませんが、最後の結末の意外性が圧巻。自分の地位が脅かされない島の秘密を知ったときのアビゲイルどんな行動を起こすのかお楽しみに。とにかく最終盤は緊張感がピークに達し、すごいものを見た満足感に浸れることでしょう。
全体的に支配と服従、反発。社会構造を凝縮したような面々のサバイバル劇。笑えないジョークで心を抉るシーンも多々あり、人によって評価が大きく割れそうな作品でした。 なお、ヤヤ役のチャールビ・ディーンはこれが遺作となりました。32歳の若さでした。