リスタート・アースのレビュー・感想・評価
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見えるもの
リスタート・アース
――評価できない作品に、なぜ意味を見出そうとしたのか
映画を観て「つまらない」と感じることは簡単だ。理由を言葉にせずとも、違和感や退屈さは身体が先に判断してくれる。だが、それで終えてしまうと、作品はただの失敗作として消費される。私はこの映画を、そうやって切り捨てることができなかった。
2021年、中国映画『リスタート・アース』この作品は、物語としては明らかに歪んでいる。主人公は不在で、視点は散乱し、モジュール的な危機が連続する。植物に「意識がある」と設定されながら、その核心は描かれず、数値や作戦は根拠不明のまま進行する。
それでも私は、この映画を「なぜ、こうなったのか」という問いから見直した。
2021年という年が、この物語を生んだ
この作品が作られた2021年。世界は新型コロナウイルスによって分断され、混乱し、恐怖に覆われていた。そしてその発生源として、常に名指しされ続けた国が中国だった。
『リスタート・アース』において、人類を滅ぼしかける存在は「意識を持ち、暴走した植物」である。これは、あまりに露骨な置き換えだ。
さらに興味深いのは、その発生源も、解決者も中国である点だ。主人公の妻が関わる研究によって植物は暴走し、最終的にそれを制圧するのもまた中国人である。
言い換えれば、この映画はこう語っている。
――世界的パンデミックは中国から始まったが、――それを制御し、救ったのも中国だった。
これは映画という形式を借りた、自己正当化と再定義である。
世界最高司令部という幻想
本作には「世界最高司令部」が登場する。各国司令部を従え、全体を統率する中枢。そこにいる人間は全員が制服を着ている。
これは、暗示として極めて明確だ。この世界では、すでに秩序は一元化されている。国家は残っているが、最終決定権は一つの中枢に集約されている。
しかも興味深いのは、その司令部は絶対的でありながら、「意見」を許容する存在として描かれることだ。
ここには、中国が思い描く理想の世界秩序がある。完全な民主主義ではない。だが、完全な独裁でもない。
命令は下るが、声は上げられる。そして、その声が世界を動かす。
これは現実ではなく、中国人の強い願望だ。
犠牲という美徳
物語の終盤、名もなき父親が命を投げ出す。そして少女は言う。
「その人こそ、私のパパだ」
この瞬間、この映画ははっきりとした価値観を提示する。誰かのために命を差し出すこと。名を残さず、歴史にも刻まれない犠牲。
それこそが、中国が考える最高の美徳だ。
私はこの価値観を否定するつもりはない。むしろ、この誇りの提示は、率直で、正直ですらある。
それでも、物語は成立しなかった
問題は、思想ではない。物語だ。
視点は統一されず、主人公の動線は曖昧で、危機は連続するが必然性がない。敵の本質が描かれないまま、行動原理だけが消費されていく。
モジュールを使うことは、パクリではない。だが、モジュールは「物語の芯」を補強するために使われるべきものだ。
この作品には、その芯がない。
評価できない作品を、考えるということ
それでも私は、この映画を無意味だとは思わない。なぜなら、この作品からは2021年当時の中国の自己認識と願望を、はっきりと読み取ることができるからだ。
映画としての完成度は低い。だが、思想の痕跡は濃い。
お金と勢いと派手さではなく、深い思慮の末に見える一瞬の閃光を辿るように物語を紡ぐこと。
その謙虚さこそ、この作品が示さなかった、しかし私たちが学ぶべきものだと感じた。
植物竜
植物モンスターのパニック映画。確かにビオランテも植物怪獣だったがゴジラ細胞を使ったバイオモンスターなので怪獣っぽくても納得だが、こちらは中国らしく竜のような胴体、顔つき。しかも、地球温暖化で植物の衰退を防ぐための成長促進剤を人類が撒いた影響で出現、突然変異にしては出来過ぎ、まあ、SFだから何でもありなんでしょうね。抑制剤を根に打つ必要があるが、何故か卵の殻のような防御壁を地下に張っているという。アメリカ映画なら核ミサイルかイランで使ったバンカーバスターの出番でしょうが火山のマグマ利用と核は控えたのは良し。
街でモンスターに襲われた親子が助けてくれた特殊部隊と一緒に抑制剤を持って、モンスターに襲われながら打ち込み基地を目指すパニック・ロード・サスペンス。まあ、この手の映画でヒーローの自己犠牲は定番なので良いとしても、最初から最後まで幼い子供を絡めてハラハラ・ドキドキさせる手口はB級映画でよく使われますが邪道でしょうね。
ゆるゆる設定なSF映画
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