劇場公開日 2023年2月17日

「多重の物語を見事に見せた快作」シャイロックの子供たち アラカンさんの映画レビュー(感想・評価)

4.0多重の物語を見事に見せた快作

2023年2月17日
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原作は未読である。WOWOW のドラマも見ていない。半沢直樹の原作となった「オレたちバブル入行組」などとほぼ同じ時期の作品のようで、発表の前年に大きな騒ぎとなった姉歯設計士の設計偽造事件をうまく取り込んでいる。シャイロックというのは、シェイクスピアの有名な戯曲「ヴェニスの商人」に登場する悪徳ユダヤ人金貸しの名前である。因みに、「ヴェニスの商人」というのはシャイロックのことではなく、シャイロックから金を借りた貿易商アントニオの方を指す。

社会的な生き物である人間にとって、金は空気と飲食物に次いで生存に必須のものである。手に入れるのが大変で時間がかかることから、刑罰の重さを計る尺度にもなっている。銀行は預金者から預かった預金を運用して利益を上げるのが主たる業務であり、銀行員に求められる第一の資質は信用であり、清廉潔白であることである。

銀行の融資を受けて運転資金にして利益を上げるというのは、資本主義社会では非常に真っ当な商売の方法であるが、中には虚偽の書類で銀行を騙して巨額の資金を手にしようとする悪人がいる。また、本作の銀行内部にも、お世辞にも清廉潔白とは言い難い人物が沢山おり、巨額の不正に与する者から、同僚に冤罪を振りかけるタチの悪い行員まで様々である。一方、自分の正義感を揺るがさず、悪事の解明に乗り出す者がいるのが本作の救いになっている。

根っからの悪人は到底許し難く、そいつらが如何にしてやり込められるかが物語の主眼であるが、その周辺に散りばめられた大小のサブストーリーが何重にも折り重なっていて観る者を飽きさせなかった。借りた金は返せばいいというものではないというのは事実であり、不正に持ち出した金はたとえ返しても窃盗に問われるのが当たり前である。万引きなどで捕まった者が「返せばいいだろう」というのは全く成立しないのである。

また、借金取りはいつものように憎々しげに描かれるが、彼らは彼らなりの業務を行なっているに過ぎない。シャイロックは金が返せないなら体の肉を切り取らせろと迫るのだが、彼は商売を邪魔するアントニオに憎しみを募らせた挙句殺害しようとしているのであり、そうでなければ人肉など貰ったところで貸した金の代わりになる訳ではない。借金取りが借主を殺害などしてしまうのは大損なのである。因みにシャイロックの子供はジェシカという綺麗な娘で、親とはまるで似つかぬ善人である。

本作で大きなキーアイテムになっているのは札束の帯封であり、それを使った駆け引きが物語の大きな見せ場になっている。日付や指紋が残っている重要な物証であるにも関わらず、当事者が粗雑な扱いをするところが、いかにもありがちで面白かった。

役者は阿部サダヲが特に良く、様々な表情を見せる佐藤隆太も見応えがあった。また、上戸彩に意地悪をする木南晴夏が実に印象的であった。間延びするところもなく、演出の確かさは流石であり、建築偽装を行った建築士にミエミエのヅラをかぶせるあたりも笑わせてくれた。
(映像5+脚本5+役者4+音楽2+演出5)×4= 84 点。

アラ古希