劇場公開日 2024年12月6日

「何度でも独裁国家嫌悪は描き続けなければならない」ホワイトバード はじまりのワンダー クニオさんの映画レビュー(感想・評価)

5.0何度でも独裁国家嫌悪は描き続けなければならない

2024年12月7日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

泣ける

興奮

知的

 「アンネの日記」ならぬ「サラのスケッチ」とでも言える感動作でした。前作「ワンダー 君は太陽」2017年の続編の扱いですが、原作者が同じで「いじめ」の根幹への考察と言った視点で結び付ける意義はありますが、ほとんど独立したストーリーと言って差し支えなく、しかもこれが見事に良心的な秀作に仕上がり、強くオススメ致します。前作で主人公を虐めた側の少年の疎外感を救うために、祖母が思わぬ昔話を聞かせられる構造。語るのがあのイギリスの名大女優に上り詰めた、しかしまたしても登場の多作出演感は否めないけれどヘレン・ミレンが扮してます。

 ニューヨークはマンハッタンの守衛付きの高級マンション住まいである少年ジュリアンのもとへ、パリから祖母サラがやってきます。彼女の絵画の個展がメトロポリタン美術館で開催されるってんですからセレブリティですよね。忙しいジュリアンの両親に代わって孫の様子を伺いに、豪華なマンションで孫と夕食を囲む。転校した高校で馴染めない孫に、サラは思いもよらない過去を語り出す。

 ここで一挙に1942年のナチス占領下のフランス北部の町に飛び、ユダヤの少女サラとフランス人の少年ジュリアンの苦難と悲劇のお話が展開されます。人種差別はしない「自由地域」なんて独裁政権下では嘘八百で、ユダヤ人狩りの波が押し寄せて来る。2人が通う学校の描写でも本作の根幹たる「いじめ」が展開され、それをきっかけに2人が接近、命からがらのシチュエーションでジュリアンがサラを助ける。個人のいじめと国家のいじめの対比がここでは肝要です。

 「常に冬用の靴を履きなさい」の父の言葉が後の展開に活き、サラの描くスケッチブックが巧妙な小道具として本作を支える。いい映画ってのはこうした小技が効いているのです。1ページを使ってクラス一番のイケメン君の顔を描き、それが破られ、次にジュリアン君の顔が描かれる展開に観客は納得の感動を得ることが出来るのです。ジュリアンの両親の献身的な無償の愛が胸に沁みます。心優しきマリアのようなジュリアンの母親役のジリアン・アンダーソンは美しく聡明ですが、画面ではシャロン・ストーンに見えてしまいました、えっこんなイイ人を演ずるの? ビッチ女優が、と。

 春夏秋冬の美しい風景をCGを駆使して鮮やかに描き出す、その美しい自然のもとで人間の悪魔の所業が描かれる悲劇。結果的に納屋に一年以上も幽閉状態であったサラにとって、時折見かける自由に空を飛ぶ白いハトが印象的に描かれる。ジュリアンが心込めて彫るのもハトでした、このハトが最後の最後まで登場するのも感無量。イケメン君は当然に傀儡政権側に組され、要所要所で主人公を死の淵に追い詰めるわけで、とことん「いじめ」として根幹を外さない巧妙な脚本です。

 繰り返される言葉が「人間万歳」で、サラのラストのスピーチが「闇をもって闇を駆逐することは出来ない、それが出来るのは光だけ」が心にグサり、さらに現代の聴衆の中にジュリアン少年がにこやかに混ざっている光景は涙無くしてみれません。最後に現代パートにもどり、孫息子ジュリアンのちょっぴりの成長を描いて映画は終わる。

 飽きもせず創られ続けるナチス糾弾の映画、もはや戦後80年。ですが独裁国家は増える一方、日本だって怪しい状態に既になってますでしょ、だからこそ描き続けなければなりません。多くは「実話に基づく・・・」とテロップが出る作品が多いですが、もとより本作は原作者の創作です。だから「ワンダー」の設定を引用してのサンドイッチ構造にしたのでしょう。

 アウシュビッツ行きの列車と開放後にパリへ向かう列車、野原一面に咲き乱れる花々、凍てつく雪景色、情感たっぷりな画面が本作の品格を昇華する。本当に素直で美しい反戦作品でした。

クニオ