「ルーマニア製の西部劇」アーフェリム! ゑぎさんの映画レビュー(感想・評価)
ルーマニア製の西部劇
冒頭は、丘の斜面を横から撮ったロングショット。左から右へ、2騎がフレームイン/アウトする。「1853年ワラキア」と出る。騎乗者は、法執行官とその息子イオニタ。彼らは単発銃(短銃)を所持している。山羊の群れ、老女の乗る馬車とすれ違う場面では「クソババア!」と云う。全編に亘って、一般人や外国人に対しては口が滅茶苦茶悪い。彼らの任務は、貴族の金を盗んで逃げた奴隷のジプシー(名前はカルフィン)を捕まえ、連れ帰ることだ。森の中や、沼を馬で行くシーンもあり、木漏れ日の中を騎乗するカットなどの、光の表現は極めて美しい。
法執行官は脚が悪く、ずっと咳き込んでいて、何かの病気に見える。心優しい息子のイオニタは、馬に乗るのを手伝ってやったりする。森の中で、追い剥ぎにあった死体を見せる場面では、主人公たちの死を予感させる。しかし、あくまでも、人物を突き放したカメラの視点で統一されている。
ジプシーのカルフィンを確保するシーンは、とても緊張感のある画面だ。民家の屋根裏に潜んでいたカルフィンが、イオニタに襲い掛かるが、短銃を発砲し、怪我をさせて捕縛する。この後、カルフィンには木の足かせを嵌め、貴族の元へ護送するのだが、こゝからの彼らの旅もかなりの尺で描かれる。
カルフィンとの会話の中で、単に金を盗んで逃げただけでなく、貴族の奥さんに誘惑され、関係を持ってしまったことで主人の怒りをかっていることが分かってくる。連れ戻されたら、殺されるのだ。彼は、法執行官の奴隷にしてくれと哀願する。
帰路の旅の途中では、村祭りに遭遇したり、テラスのような屋外席での夕食シーンで、歌を唄う人々が描かれたり、主人公親子が、同じ女と寝る場面などもあり、かなり濃密な演出を見ることができる。そして、イオニタはカルフィンに対して情も沸いて来て、父親の執行官に、カルフィンを逃がしたい、と云い出すのだ。このあたりで、あゝラストはイオニタがある種のヒロイックな行動に出るのだろうと予想する。
終盤で登場する雇い主の貴族は、まずそのルックスに笑ってしまった。権威を象徴しているのか、一人だけ、でっかい帽子を被っているのだ。ただし、性向的には、徹底して情け容赦のない人物として描かれている。さて、カルフィンは殺されてしまうのか、法執行官の体の具合は最後まで持つのか、といった点が収束のポイントだが、ネタバレになるので、こゝでは割愛しよう。しかし、非常に味わいのある現代西部劇らしい収束だと私は思う。ラドゥ・ジューデという監督の、並々ならぬ才能をうかがい知ることができる。