「世界はどうしようもないことばかりだと残酷な真実を告げ、いくら心配しても届かないことがあると切り捨てながら、それでも生を肯定するのです。」マイ・ブロークン・マリコ 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
世界はどうしようもないことばかりだと残酷な真実を告げ、いくら心配しても届かないことがあると切り捨てながら、それでも生を肯定するのです。
残酷な現実を生き抜く 主役の親友同士の女性2人のうち、片方は開巻時点でこの世にいなくなっています。生き残った片割れが、遺骨を奪い、それを抱いで旅をするという、ひとりきりながらの「2人旅」。生と死を往還するロードムービーといえそうです。後ろ向きだけどポジティブ、重くて暗いのに見終わって元気が出るという不思議な作品。タナダユキ監督の力作です。そんな親友の死と向き合う主人公を演じるのは永野芽郁。こんな彼女の役側はこれまで見たことがありませんでした。朗らかで純真なイメージを封印し、やさぐれた顔で、柄の悪い話し方をするのです。優等生の裏の顔を見せられた気もしましたが、今を生きる若い女性の生々しい感情をさらけ出してくれました。
ブラック企業の営業職シイノトモヨ(永野芽耶)は、小学校からの親友イカガワマリコ(奈緒)が投身自殺したことをニュースで知ります。マリコは幼い時から父親(尾美としのり)から虐待され、彼氏から暴力をふるわれてきました。そんなマリコをシイノはずっとかばってきたのです。シイノは包丁を持って、マリコの実家を急襲し、父親の元から遺骨を奪い、マリコが行きたいと言った東北の「まりがおか岬」を目指すのでした。もうこうなったら、勤務先のことなんてどうでもよくなり無断欠勤。「クソ上司」からの着信も当然の如く無視するまででした。
物語は簡潔。シイノは岬に向かって突っ走ります。そして途中で引ったくりに合い無一文に。偶然であったマキオ(窪田正孝)という釣り人からお金を恵んで貰えたものの、その金で泥酔してしまい、港の小舟の中で眠るこけるのでした。シイノ自身がかなりブロークン(壊れている)のようです。
「マリコはなぜ、最期に一言も残さなかったのか」。その言葉を探し、旅に出たシイノは、遺骨と心中するような道行きだったのです。はたしてシイノは親友に「裏切られ」、1人残され、行き場を失った悲しみを乗り越える術を見つけることはあるものなのでしょうか。
「百万円と苦虫女」などを手がけたタナダユキ監督は、そんなシイノの姿を通し、行き場を失った悲しみにのたうち回る姿をまざまざと描きだしたのです。重い展開ですが、永野が演じるとカラッとした肌合いも残り、時に痛快にも感じます。ただ良くも悪くも、物語はシイノとマリコの関係に集約されていきます。その中で、彼女たちを追い詰める家族の事情、ブラック企業の描き方は紋切り型に見えてしまいました。
シイノの思いを描きだす彩りは複雑です。旅の道すがら回想場面が挿入されて、マリコとの太くて強いつながりが明らかになってゆくのです。思い出すのはつらいことばかり。マリコは長年父親に虐待され、さらにクズ男たちとわかっているのに自ら飛び込んで、ボロボロにされるのです。
シイノだけが頼りですが、壊れかけの自分を直しようがありません。孤独なシイノもマリコだけが世界をつなぐよすがなのに、目の前でリストカットするマリコを面倒くさがってもいたのです。それでも心温まる瞬間もあって、共依存の関係が切なく浮かび上がります。
思いが迷走し、勝手に死んだマリコが許せなくなったシイノは、自らも岬から飛び込んで死のうとしたとき、マキオがまたまた偶然現れて、シイノにさりげなく手を差し伸べるのです。シイノの迷いを晴らすのは、素っ気ないが親切な彼が示すシンプルな真理でした。「死んじゃダメ」と。
岬近くでのマキオとシイノの距離感を保った会話は胸に刺さる言葉があふれていました。切れ味鋭く人の弱さや悲しさを射抜く言葉があり、人の気持ちを穏やかに包むセリフも良かったです。シイノの鬱屈と激情が増すほどに優しさが際立ち、ふたりの静かな語り口の背後にのぞく切なさや強さが心に染みました。
タナダ監督は、世界はどうしようもないことばかりだと残酷な真実を告げ、いくら心配しても届かないことがあると切り捨てながら、それでも生を肯定するのです。「いない人に会うには生きてるしかない」のだと。その点がなんだかよくわからない『LOVE LIFE』の深田晃司監督とは大きく違うところでしょう。
永野が、たばこをふかし鼻水を垂らして泣き叫ぶ、粗野で直情のシイノを好演。マリコのはかなさと危うさを体現した奈緒とともに、映画に血肉を与えました。この岬の場面は過剰な演出を感じましたが、どっぷりと感情移入できたのは、ぶれない脚本とそれを生かした演出の力だと思います。
【ここからネタバレあり】
終盤、岬でマリコの遺骨が快晴の空に舞うのを見るときのシイノのアップ。背景を光るススキで埋めています。この場面、ロケハンでタナダ監督は逆光のススキに魅了され「撮る」と決めていたそうなんですが、季節が移ってしまい、現地で集めたそうです。
旅の終わり、駅でマキオに「ご恩は一生忘れませ」と神妙なシイノは、電車に乗るとマキオが用意してくれた弁当にかぶりつきます。そのマキオが別れを惜しんでいるというのに、弁当にがっつり集中。やっと電車が動き出してから、シイノは手をちょっと振ってあいさつしたことでなんとか救われた気分になりました。これがシイノの愛想なんて無関係な持ち昧なんですね。