なん・なんだのレビュー・感想・評価
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【”俺たちの40年の夫婦生活って、何だったんだ!”妻に対する接し方を反省しつつ、煩悶、懊悩する夫。長年の秘めた行いを露わにされた妻との関係性を描いた、他人事ではない作品。】
■40年間、連れ添った夫婦が、妻美智子(烏丸せつこ)の交通事故をきっかけに、彼女が長年秘密にしていた事が露わになり、煩悶する夫三郎(下元史郎)の姿とお互いが人生の後半の岐路に立ち、新たなる生き方を模索していく・・。
◆感想<Caution! 内容に触れています。>
・ある日、”文學講座に行ってくるわ・・。”と化粧をして出かけた妻が、何故か京都で轢き逃げに会い、昏睡状態に陥る。
- この設定が、絶妙に巧い。ミステリー風味も感じさせつつ、困惑する夫の姿を中心に物語は進む。元大工だった夫は、ぶっきら棒で愛想はないが、妻の緊急の知らせを受け、只管に走る。彼が、妻を深く愛している事が、良く分かる。-
・そして、カメラ好きの妻のカメラに写っていた、謎の男。笑顔で映る、その顔は妻と如何に親しいかがすぐに分かる。
- そして、夫は娘と共にその男を探し始める。妻とは疎遠になっていた奈良の実家を、わざわざ訪ね、男が開業医として成功している甲斐田(佐野和宏)だと知る。
更に、妻が甲斐田と且つて、深い仲であったことも分かり・・。-
■長年、連れ添って来た妻美智子の事を、何も知らなかった・・、と悟る三郎の姿は切ない。
そして、目覚めた美智子から言われた”あなたと住んでいた間、私の心は死んでいた・・。”という言葉は衝撃だろう。
・娘(和田光沙)も、一時期、夫との距離を感じ、不倫していた事が描かれている。だが、彼女の外国人の夫はその事実を知りながら、静観していた。
ー 娘の夫と、三郎を対比する描き方も、巧い。-
<且つて、自分が好きだった妻の写真を撮ったのは、妻が恋した男だった・・。
これは、男にとっては遣る瀬無い。
そして、認知症に侵されている事も知り、妻にとっても遣る瀬無い長き時間を、共に暮らしてくれた事を知った時の、三郎の決断は立派だと思う。
この作品では、京都の鴨川の飛び石を伝って、対岸に行くシーンが三度、映される。
三郎が暗い表情で一人渡っていたり、美智子と甲斐田が手をつなぎながらであったり・・。
あのシーンは、人生はダラダラと過ごしていては駄目で”エイヤ!”と決断する事の大切さを表現した、メタファーだと私は思った。
三郎の認知症が進み、彼は甲斐田の病院で世話を受け、戸籍上は別れた三郎と、美智子と彼らの娘夫婦と孫と、甲斐田で、眺めの良い場所で一緒に撮った”家族写真”。
老いた時に、妻と良好な関係性を保ちながら生きるには、老いる前にキチンとした夫婦間の関係性を構築する大切さを描いた作品ではないかなあ、と思ってしまった作品である。>
いい映画です
観た後、まさに「なん・なんだ」だなぁと。
私だったら どう生きていくんだろうなぁ。と考えました。今の自分だと なんなんだと嘆いて終わってしまいそうです。
一緒に観た父母の感想は、また違う目線での感想でした。自分にはまだ分からない 奥さんの立場や気持ちに共感する母の感想だったり、老後のリアルを父は感じたりと、性別や年代によって見方も変わるんだなぁと思いました。それぞれの感想を話しながら、楽しい帰り道になりました。
とても良かったです。
前半がかなり??で面白くなかったが、中盤以降の部分は本当に自分の人...
前半がかなり??で面白くなかったが、中盤以降の部分は本当に自分の人生でも起こりえることで、まさに自分の人生どうするか、どうなるのかを考えさせられる良い作品だと思った。まさになんなんだは他人事ではないですよね。
昭和のノリでもテーマは新しい
下元史朗さんは、柄本佑が主演した映画「痛くない死に方」で、痛みにのたうち回りながら死んでいく末期の肺癌患者を演じたのが強烈な印象だ。観ているこちらまで苦しくなるような熱演だった。
本作品では、いかにも昭和の夫という感じの主人公を演じている。73歳の下元さんだが、声は舞台俳優のように張りがある。大したものだ。下元さんと同じくらいの推定70代前半の主人公小田三郎は、昭和の男らしく無愛想で、最後まで一度も笑顔を見せない。台詞回しも芝居がかっていて、時代を感じさせる。
自動車や家電やファッションなど、二十世紀のものを見ると古臭いデザインだなと感じてしまうが、当時の人々にとってはそれが最先端で格好良かった筈だ。人間も同じで、昭和の気取った男たちを見ると、今ではアホかと思ってしまうが、当時の人々にとっては自分の言動を飾ることが格好良くて、ステイタスだったのだ。本作品の小田三郎にも多分にそういう面が残っている。
家父長制を代表するような暴力的で高圧的な夫と、欲望に素直な女たち。水と油の生き方にもかかわらず、同じ時間を同じ場所で過ごしたことで、かたち上は家族とみなされる。本人たちも本人たちも自分たちは家族なのだと思っているが、精神的な乖離は、癌が進行するように水面下で広がり続け、気づいたときには取り返しがつかないことになっている。そして愕然とする。自分たちの間には、精神的な繋がりなどなかった。
それでも女たちは、共に過ごした時間を否定しない。そこに女たちの強さがある。弱いのは男だ。暴力を振るい、怒鳴り散らす昭和の男は、実は弱っちいのである。硬直した価値観は、壊されるときは根本から折れる。人生のすべてを否定された小田三郎は男泣きに泣く。女たちはそんな三郎を受け入れる。
見かけを取り繕うだけで芯の弱い男と、男に従うふりをしつつ、自分の欲望を叶えていく芯の強い女たち。この構図は令和の今も変わらないのかもしれない。昭和の時代は強そうにしていた男たちが、いまは弱さをさらけ出している。性欲は三次元よりも二次元から二次元半に向かい、少子化が止まらない。
女たちが不倫を開き直る一方で、不倫をバッシングするパラダイムは変わらない。人間は一年中発情している稀有の動物だから、どこかで発散しないとストレスが溜まる一方だ。現にレイプその他の下劣な事件が日本全国で多発している。不倫が非難されるとあれば、売春防止法を廃止して自由化し、ピルをコンビニで買えるようにするのはどうか。賛否が巻き起こりそうだ。
一方で、感染症に敏感な時代だから、他人との接触はなるべく避けたい。だとすれば映画「アイム・ユア・マン」のように、人型ロボットに対応させるのもありかもしれない。外国の話だが、ラブドールと結婚した男の例もある。筒井康隆の小説「20000トンの精液」みたいに全裸の美女を立体テレビで実体化できる日も近いかもしれない。これにも賛否があるだろう。
渾身の演技だった下元史朗さんに比べて、烏丸せつこの演技はどこかよそよそしい。この人は昔はクラリオンガールで、グラビアで水着を披露していたらしい。フルヌードで映画に出ていたこともあるようだ。時は流れて、昭和のノリで演技するのが嫌だったのかもしれない。
本作品は全体が昭和のノリでも、テーマは新しい。不倫はだめだというパラダイム、女の立場の弱さ、性の解放が未だに達成されていないこと、そのために悩む人々がいること、そして家父長制の精神性が根強く残っていること。それらの隠されたテーマを理解しているかどうかで、役者陣の演技に違いがあるように感じた。
子は親の鏡
交通事故で1週間意識が戻らない妻が持っていたカメラのフイルムを現像したら、知らない男が写っていて、父娘でその男を捜す話。
文学講座に出かけると言って出かけ、京都で交通事故にあった妻。なんで京都で?ってそもそもどこに住んでいるのか判りませんが、とちょっと不親切設計な始まり。
妻の過去や生まれのことをみせ、写真の男を突き止めてという流れとか、浮気をさせた夫の件とかはまあ良かったけれど…そして娘もまあ良かったけれど、ホント女はわからないw
そして辿り着いた相手の男。
何ですかこの男?
女性の気持ちを判ってあげる優男は良いとして、空気も読めなきゃ男心は理解出来ないダメ野郎じゃないですか。
妻の何を勝手にはお互い様、というよりお前がな!だし、夫の最後の選択もそれで良いのか?
帽子のお爺さん馴れ馴れしいけど誰?って孫に聞かれるよ!
浮気映画じゃなくて人生映画だった!
気になっていた「なん・なんだ」
烏丸さんの挨拶も気になり初日に。
浮気の映画か?と思っていたが、
家族、友達、恋人、人生…
観た後に考えられる映画だった。
それぞれの生き方や葛藤、悩みも観ていて伝わるし、
奥底にある感情がそれぞれ出ていて◎
特に烏丸さんが演じている美智子は良かった!
なんで浮気をしたかのキッカケがセリフだとあっという間だが、
言い方や表情、撮影の雰囲気が加わると、
それまでにいろんな感情があってそこに至ったというのがわかってすごいなと感じてしまった。
悩んでいる時間は長くて、決めるのは意外と単純な言葉や出来事だったりするので共感できた。
最後の美智子の決断も、
愛情、寂しさ、情、強さ、弱さが伝わってきて、
その決断だったからこそ、
自分の大切な人、好きな人、一緒にいたい人は誰なのか、
自分はどうしたいのか、誰を大事にしたいのか…
を考えさせられたのだなと思う。
私は娘役の方と同じくらいの歳だけど、
自分のことや家族や大事な人を考える映画を観れて良かったなと思う。
烏丸さんは良く知らなかったけど、
映画観たあと舞台挨拶で出てきた時には、
すでに好きになってました。笑
もう一回観に行こうと思います。
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